亜利馬、恋愛について少し考える -4-

「……何の用だ、ブレイズの亜利馬」
「あ、やっぱここにいた。夕兎さん、こんな所で一人でお昼食べてるんですか?」
 前に俺が秋常と怜王にめちゃくちゃされそうになった時の倉庫。今となっては過去のことだけど、普段からフリーズのメンバーがここを使っているとは驚いた。
「夕兎さん今日出勤になってたけど、どこ探してもいなかったから。ここだと落ち着かないでしょ、会議室か社食で食べたらいいのに」
「ほ、放っておけ。俺にはこういう場所が似合いなんだ」
 そう言って脚立に座っていた夕兎がそっぽを向いた。手にはコンビニで買ったらしいコロッケパンが封も開けずに握られている。俺がいる前で食べづらいのだろう。
「良かったら俺これから社食でプリン食べるので、夕兎さんも昼飯一緒にどうですか? 結構美味しいですよ、安いし」
「………」

 黙ってついてきた夕兎が廊下に出てからしっかりと倉庫の鍵を閉め、ポケットに入れる。
「どうして倉庫なんかで」
「……ああいう所が落ち着くんだ。広くて明るい、賑やかな場所は好かない」
「海原さんに鍵もらったんですか?」
「そのうちフリーズの部屋も用意してくれるそうだ。我が物顔で会議室をお前達が占領しているようにな」
「そんなつもりないですよ。会議ある日は使わないし、たまに違うモデルさんも飯食いに来たりするし、掃除だってしてるし……良かったら今度、夕兎さんもみんなとご飯食べましょうよ」
 夕兎はむくれたまま何も言わない。余計な世話だっただろうか?

 八階の社員食堂はどの時間帯でも割と混んでいる。窓際の席を見つけて荷物を置き、財布だけ持ってプリンの食券を買いに行こうとした、が──
「夕兎さん、飯まだでしょ。何か食べないんですか?」
「……いい。パンがある」
「午後の撮影、ウケ役なんですか?」
「そういう意味じゃないが……金がない」
「え?」
 頬杖をついて赤くなった夕兎が、窓の外へ視線を向けて「財布というものを持っていない」と呟いた。
「財布忘れたんですか? じゃあ俺が奢りますよ!」
「……ハンバーグ定食」
「了解です!」

 よほど腹が減っていたのか、夕兎は子供みたいにハンバーグにがっついている。俺がプリンを食べ終わるのとほぼ同時に完食した夕兎が、テーブルに両手をついて「助かった、すまない」と頭を下げた。
「いいですよ、飯くらい。……今日はあんまり食べてなかったんですか? 減量中?」
「いや、……そういうアレでは……」
 腹が満たされて素に戻った夕兎が、何やら言いにくそうに言葉を濁している。
「事情があるなら深く聞きませんけど、タチ役の時って体力使うから飯は食べておいた方がいいですよ」
 笑って言うと、夕兎が「お前は」と俺を見て、真剣な目で訊いてきた。

「お前は、その……す、好きな奴とか、……いるのか」
「へ? いませんけど……。夕兎さん、もしかして誰かに恋してるんですかっ?」
「っ……し、していない、そんなもの、俺には必要ない!」
「な……何が言いたいんです……?」
 夕兎は気まずそうに俯いている。どうしたんだろう、急に。
 しばし沈黙が続いた後で何かを決意したのか、急に顔を上げて夕兎が言った。
「恋は……していないが、俺がこの業界に入る前に付き合っていた奴が、先日、その……結婚したそうだ」
「女性とですか? いや、夕兎さん女の子と付き合ってたってことですか?」
「相手は男で、そいつの結婚相手も男だ。当然日本では結婚できないが、外国で式を挙げて養子縁組で籍も入れたらしい。……実はその祝儀で手持ちの金がなくなってな」
「へえ……」
 義理堅そうだし、相当な額を包んだのだろうか。……前に付き合っていたということは、今はその人に気持ちはないってことだろうか? ていうか、付き合ってた人がいたんだ。

「それで、その……いま現在全く予定はないが、いつか俺にも『そういう時』が来たとしたら……今の仕事で金を貯めておくのは容易いが、この仕事に関して相手の理解を得られるのかと思うと、少し考えてしまってな」
「え……夕兎さん、モデル辞めちゃうんですか」
「今は予定はないと言っただろう。いつか、の話だ」
「………」
 多かれ少なかれ、こういう悩みは皆が持っているだろうなと思う。AVモデルは定年まで出来る仕事じゃないし、堂々と公言できる職種でもないし、どんなに長く真面目に続けても一般の会社に就職する際に履歴書に書けるものでもない。
 俺も夕兎もまだ十代で、将来のことなんて全く予想も想像もできないけれど。

「………」
 夕兎がそういう「漠然とした不安」を抱く気持ちは、何となく理解できる。