第16話 ヒミツのブラザーフッド -7-

 翌日、午前十時。

「ハーレー、ゴー!」
 俺が投げたカラーボールを一直線に追いかけ、口に咥えて戻ってくるハーレー。早く次を投げてくれとせがむように、芝生に落としたボールの前でぶんぶんと尻尾を振っている。
「よし、もう一回、ゴー!」
 何度投げても正確に戻ってくるし、何度やっても楽しそうで、ハーレーの純粋で元気いっぱいな姿を見ていると俺までパワーをもらっている気分になる。

「よし、次は転がりごっこだ!」
 ローリング! と指示を出せば、ハーレーが芝の上で腹を見せて転がり、手で円を描くとその通りの方向に回転しながらゴロンゴロンと移動した。
「グッド! ハーレー、グッド!」
 めちゃくちゃに体を撫でて褒めてやるたび、ハーレーとの間に絆ができてゆくのを感じる。一生こうしてたい。

「おい、そろそろお前の訓練もするぞ」
 頼寿がプールの中から俺を呼ぶ。聞こえなかったことにして遊んでいようと思ったら、頼寿の声に反応したハーレーがプールの方へ駆けて行ってしまった。
「あっ、ハーレー! 危ないって……!」
 勢い良くジャンプしたハーレーが、プールの中へダイブする。一瞬焦ったが何てことはなく、ハーレーは優雅な犬かきで頼寿の方へとスイスイ泳いで行った。

「お前は頭の良さも泳ぎも従順さもパーフェクトだな」
 完全に俺へのあてつけだ。

 仕方なくシャツを脱いでプールサイドに座り、足の先からゆっくりと水に入ってゆく。プールのバーに掴まって恐る恐る腰から胸まで浸かる俺を、頼寿とハーレーがじっと見つめているのが恥ずかしかった。

「ああ、足が付かない……怖い……」
「コイツも足は付いてないが怖がってねえぞ」
「ハーレー、何て命知らずなんだ……」

 すると頼寿の腕から抜け出たハーレーが、俺の方へ泳いできた。悲しそうな目。恐らく俺が溺れかけているというか、危険な目に遭っていると思っているのだろう。俺を助けようとして来てくれたのだ。
「ハーレー……」
 くうぅ、と悲しげに鼻を鳴らしている姿が健気過ぎて、俺の方が泣きそうになってしまう。

「わ、分かった。分かったよ、大丈夫だから……」
 思い切ってプールの壁を蹴り、バタ足で頼寿の方へと泳いで行く──が、底無しの恐怖に一瞬意識を取られてしまい、呼吸が乱れたと思った時には体が水の中へ沈んでしまった。

「う、うわあぁっ!」

 水に呑まれてゆく──。恐怖で筋肉が強ばり、もがいても上に上がれない。

「玉雪!」
「ぷはっ……!」

 腕を掴まれ、思い切り水面へと引き上げられる。肺に空気が入ってきたのが分かり、俺は頼寿の腕に抱きついて大きく深呼吸をした。

「焦ったぁ……」
 頬を舐められて横を見れば、頼寿がもう片方の腕に頭までびしょ濡れのハーレーを抱いていた。
「俺より早くお前を助けようと潜ったんだ。お前のことを兄弟だと思ってる証拠だな」
「ハーレー」
 感極まって目を潤ませていると、頼寿がそのまま泳いでプールサイドにハーレーを上げ、ついでに俺の手にバーを掴ませてくれた。

「……訓練でも本番でも、お前に何かあればすぐに助ける。俺を信用しろ」
「頼寿……あ、ありがとう……」
「ハーレーにも兄弟認定されたし、兄貴もお前を気に入ってるし、お前が堂島家の人間になる日も近いかもな」
「あ……」

 頼寿のそれは冗談ぽい口調だったけれど、俺はその言葉に胸が高鳴るのを抑えることができなかった。
 頼寿とパートナーになるってことは、頼寿の家族とも繋がりができるってことだ。

 ──家族なんていなかった俺に。

「まあ、そうなる前に俺らのことを旦那に言わねえとだが」
「………」

 覚悟を決めて頷いた俺の頭を、頼寿が強く撫でる。その傍でハーレーが「ワン!」と鳴き、尻尾を振って駆け出した。その先にいたのは頼政さんだ。

「お、ハーレー、遊んでもらったか。──おおい玉雪。クリームソーダでも飲まないか」
「やった! 飲みたいです、今行きます!」
「……ったく、俺への甘やかしがタマにも伝染しつつあるな」

 ある意味では海外リゾートよりも最高な強化合宿だ。

 新しい出会いと、挑戦と、青空とクリームソーダ。

 俺と頼寿の夏休みは、まだ始まったばかり。