第10話 頼寿先生のご奉仕講座 -2-

 ぐっすり眠って目覚めた翌朝、リビングへ行くと今日も美味そうな朝食が用意されていた。

「わ、サンドイッチ美味そう。野菜とハムとタマゴでボリュームが凄い……いただきます!」
「作る分にはラクだからな」
「なぁ、快晴はいつ来るんだ?」
「今日の晩飯前には来るらしい。男と揉めて週末は修羅場だったんだとよ」
「え。だ、大丈夫なのか……?」

 快晴には個人的な「ご主人様」がいる。それなのに仕事とはいえ、ここで住み込みで働いてくれていたのだ。
 働かせているせいでご主人様と喧嘩になったんだとしたらどうしよう。──快晴のことが好きなだけに、不安になる。

「揉めた結果、自分からトップ返上して快晴に奴隷志願したんだってよ」
「え? ご主人様だったのに、自分から奴隷になったの?」
「快晴の男は依存症の甘ったれだからな。ファッション感覚でサド気取りだっただけで、本当はマゾだったんだろうよ」

 俺はサンドイッチにかぶりついたまま沈黙した。
 SとMが逆転するなんて驚きだ。確かに快晴は自分でも「トップの顔を持っている」と言ってはいたけれど……。

「奥深いなぁ、全然理解できない……」
 思わず呟いた俺を、頼寿がフッと鼻で嗤った。
「昨日言ったこと覚えてるか。お前に奴隷というものを教えてやると」
「ああ、頼寿先生の奴隷講座だろ」
「そういうわけで、今日は俺が奴隷としての手本を見せてやる。お前は一日限定ご主人様だ」
「え、……ええぇッ?」

 頼寿が、俺の、奴隷に──!

「じゃ、じゃあ、じゃあ、巨大アイスとパフェ、それから新しいゲームと、あと俺も仔犬飼いたい!」
「……言っておくが、奴隷はサンタクロースじゃねえぞ。あとパシリでもねえからな」
「ええ……じゃあ何ができるんだよ」
「お前な……」

 頼寿が大きくかぶりを振って、呆れたように溜息をつく。そんな態度を取られても、素人の俺には奴隷の扱い方なんてサッパリだ。

「じゃあ……マッサージしてくれるとか?」
「それならまだ可能だが、……ざっくり言えばSMってのはセックスにおけるプレイの一つだ。日頃から徹底して奴隷に教育をすることもあるが、それもこれもセックスを盛り上げる手段でしかねえ」
「……朝っぱらからセックスとか連呼されたくないな……ご飯食べてる最中だし」
「奴隷の態度が気に食わなければ、その場で罰を与えることも可能だ。いかに自分に従順な人間にすることができるか、そこが重要だからな」
「急に言われてもさぁ」

 俺はサンドイッチをたいらげてから、牛乳を一口飲んで息をついた。左手は二つ目のサンドイッチに伸びている。

 結局そういうのって、普段からサドマゾの素質がないとどっちの役も難しいんじゃないだろうか。「しつけたい」欲望も「奉仕したい」願望もない俺にとって、突然ご主人様になれと言われても何をどうすればいいのか分からない。

「じゃあ、エロいことするのが前提の『奴隷講座』ってこと……?」
「時間はたっぷりある。まずはお前なりのトップとしての振る舞いを見せてみろ。これも重要なことだ、旦那が喜ぶからな」
「うー、難しいなぁ……」

 二つ目のサンドイッチにかぶりついて天井を仰いだその時、頭の中に急にヒラメキが走った。

「………」
 ──よし。よしよし、これはいいかも。

「頼寿、お座り」
「………」

 テーブル前に立っていた頼寿が俺の横に来て、何も言わずにその場で片膝をつく。

「あーん」
 そして手にしていた食べかけのサンドイッチを頼寿の前に差し出すと、……頼寿が当たり前のように口を開けてそれにかぶりついたのだ。

 ──凄い。普段の頼寿なら睨んで終わりなのに、本当に奴隷になりきるつもりだ。