第9話 バブル&スイート -5-

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「風呂、沸いたぞ」

 午後八時、夕食後。
 買い物が終わってからすっかり無口になっていた俺を、当然頼寿は訝しがっていた。何度も「どうした」「具合悪いのか」などと訊かれたけれど、もちろん本当のことは言えず、首を振るしかなかった。

 嫉妬してるなんて言えるわけがない。
 散々腹を立てて悪態をついてきたのに「誰かの物になっているというのは気に入らない」なんて、許されるわけがない。

「お前が選んだ入浴剤が本番に使えるか試すぞ。さっさと脱いで風呂場に来い」
「……うん」

 頼寿が好きなわけでもないのに嫉妬しているというのは、すなわち「自分専用」だと勝手に思っていた頼寿を他人に横取りされた気分になったからだ。それは完全に俺のワガママで、頼寿にも失礼な話である。

 ──世の中は俺の知らないことばっかりだ。

 集団社会の中をまともに生きていたら、こんな気持ちとも上手く向き合えるようになっていたのだろうか。
 俺一人じゃ重すぎて、心が潰れてしまいそうだ。



「無駄にデカい風呂だから、二人で入ってもまあ窮屈じゃねえな」
 頼寿が湯船の中で脚を伸ばしているせいで、俺は端で丸まるしかない。
 膝を抱えて温まっているフリをしていると、頼寿が脇に置いていた丸い入浴剤を俺に渡してきた。

「ほれ、入れろよタマちゃん」
「う、うん」
 俺の手のひらくらいある、大きな入浴剤。ドボンとお湯の中に沈めるとたちまち細かな泡が噴き出し、しゅわしゅわと音を立てて溶け始めた。
 同時に中に詰まっていた薔薇の花びらが湯船に広がるように浮いてきて、浴室中が薔薇の柔らかな香りに包まれる。

「いい匂い……」
「悪かねえな、たまには」
「本番に使えそう?」
「まあ、想像してたよりは見た目もいいかもしれねえな。泡風呂と迷うが……アッチは甘ったるい匂いで俺が耐えられそうにねえ」
 バスバブルはキャンディの香りだ。確かに頼寿には酷な匂いかもしれない。

「じゃあ、本番もこの入浴剤にしよ。二個買っといて良かったじゃん」
「どうしたよ、やけに乗り気だな」
「……べ、別に」

 視線だけでそっぽを向くと、頼寿が口元を緩めながら湯船の中で俺の腕を掴んできた。

「もっと寄れ」
「っ……!」

 慣れた手で俺の腰を支えて持ち上げ、自分の上に向かい合うようにして座らせる。一気に距離が縮まって焦ったが、俺の口からいつもの罵倒は出てこなかった。

 俺と頼寿の、男のそれ同士が触れ合っている。

「………」
「オイル入りの入浴剤だったか? 肌が光って見える」
「あ、洗い流さなくていいんだって。肌がしっとりするんだって、……」
「玉雪の体がより滑らかに柔らかくなるってことか。今後は入浴剤にも気を使わねえとな」

 頼寿も恐らく気付いているだろう。
 こんな至近距離で抱きしめられながら、俺が何の抵抗もしていないということに。

「………」
 だからか、探るような目で俺を見ながら、頼寿が俺の体を更に自分の方へと抱き寄せた。

「薔薇の味になってたら面白れえのにな」
「あっ……」

 そうして薔薇の花びらよりも薄い色の乳首が、ゆっくりと口に含まれる──。