第13話 夜城先生、金縛りを体験してみる その1

「くそ、マンネリだ……」
「そうですか? 昨日も新しい体位を試したいって先生が言うから、俺頑張ったじゃないですか。もう筋肉痛ですよ」
 違う、と先生が腕組みをして大きな溜息をつく。先生の目の前のパソコンを覗き込むと、なるほど──画面は真っ白だった。

「もっと斬新でリアルな話が必要だ。大の大人が夜中に便所に行けなくなるくらいのリアルさがな」
「先生の話はリアルですよ。なんたって殆どが俺の実体験なんですから」
「お前の話は最高だが、どうにも俺の筆で表現するとリアルさが欠けてしまうらしい。……あとお前は基本的に驚かねえから、俺が作ると主人公が冷徹人間になるんだ」

 確かに、先生の文体は非常に硬い。ターゲットとしている読者層が俺よりずっとずっと上だからだ。俺はラノベをたまに読むけど、ラノベを読んだ後に先生の本を読むとまるで国語の教科書のように思えてしまう。たまに読めない漢字もあるし。

「お前らの世代は『無敵でクールな主人公』が好きな奴が多いかもしれねえが、俺の客の殆どは『普通のオッサン』の主人公を求めてるんだ」
「気だるそうなオッサンはどうですか?」
「俺のこと言ってんのか」

 つまり俺の実体験は話のベースになるけれど、それを先生がアレンジするとリアルさが失われてしまうということだ。
 すなわち先生は、……

「ああくそ、俺にも幽霊が見えれば……」
 という訳なのである。

「そんな、一時のスランプで霊感なんて求めるモンじゃないですよ。本当に大変なんですよ」
 ネタに困った時だけ出てきてくれる都合の良い幽霊なんていない。彼らはいつだって、こちらの事情なんかお構い無しなのだから。
「それにぶっちゃけ……リアルさを失わないように書くってのが、先生の腕の見せ所なんじゃないですか?」
「それを言われるとマジで何も言えねえし、担当からも一言一句全く同じことを言われた」
「先生も色々苦労してるんですね」

 実話怪談でもホラー小説でも、ある程度は映画や本や人からの体験談などで知識を得ることはできる。今なんて何でもネットの時代だから、少し調べればオカルトのネタなどゴロゴロ転がっているのだ。

 だけどどんな情報も取材も、「自身の体験」には敵わない。自分の目で見て耳で聞いて、触れて味わって、感じたこと。それらの描写がリアルであればあるほど話に信憑性が出て、ホラーの場合はより怖くなる。
 俺もホラー映画を観ていて「この監督、霊感あるな」と思える撮り方をしている作品に出会うと、フィクションといえど少し恐ろしくなる。

 ネット社会は便利な反面、ユーザーの目をかなり肥えさせてしまった。だからこそよりリアルで恐ろしいものだったり、過激なものが求められているのだ。

「俺もそろそろ考えねえとならん。黎人、俺に霊感を授けてくれ」
「考えるって、そっちの方向ですか? 霊感の授け方なんて分かりませんよ」
「俗に言うだろう、『霊感のある奴の傍にいると自分も見えるようになる』と」
「これだけ一緒にいて先生に霊感が発動しないなら、無理なんだと思いますけど……」
 畜生、と先生が悔しそうに天井を仰ぐ。俺からしてみれば霊感ゼロで普通に生活する方がよっぽど羨ましいのに。いっそ俺の霊感を全部先生にあげたいくらいだ。

 先生が溜息と共に言った。
「幽霊が無理なら……せめて金縛りがどういうものなのか、それだけでも体感できればいいんだが」
「動けないだけですよ。別に大したことないです」
「自慢げに……」
「じ、自慢なんかしてないですっ」
 先生は鈍感なのか超健康的なのか分からないが、霊現象ではない体の疲れによる金縛りすら経験がない。
 危険な金縛りでなければ、俺も先生に「どういうものなのか」知ってもらいたいとは思うけれど……。

「それじゃあ先生、体を縛って寝てみたらどうですか? 目が覚めた時に動けないっていう感覚が少しは分かると思いますよ」
「……それは、何だか非常に間抜けな絵図にならねえか?」
「でもそれが一番金縛りに近い感覚を味わえると思うんです。いきなり全身を縛るのは危険なので、まずは手足から、とか段階を踏んで」


 作家というものは、作品のためならどんなに馬鹿らしいことにも挑戦しなければならない。その体験が少しでも作品の役に立つならば、間抜けだろうと何だろうとそれを選ぶ――それがホラー作家・黒川夜城という男なのだ。
「すっげえ気が進まねえけど、黎人がそう言うならやってみるか……」

 *

 その夜。
「それじゃあ先生、ベッドに手足を固定しますね。万歳してください」
「SMみてえだな」
「変なこと言ってないで。このまま寝れば、金縛りの疑似体験ができますからね」
「起こすの忘れるなよ、黎人」

 先生は一度寝るとなかなか起きない体質なので、頃合いを見て午前二時頃にさりげなく俺が起こす手筈になっている。寝起きの先生は頭が回らないので、起こすだけ起こして俺が静かにしていればきっと縛られていることも忘れて金縛りを体感できるはずだ。

「それじゃ先生、楽しみにしててくださいね。おやすみなさい」
「おう、おやすみ」
「………」
 ベッドの四隅の柵にそれぞれ縄を繋げて先生の四肢を縛っているので、何だか本当にSMで拘束されているみたいだ。こんな状態でも熟睡できる先生は、やっぱり少し変わっている。
 そんな訳で俺は先生の邪魔にならないよう床に布団を敷き、アラームを二時にセットして枕に顔を埋めた。

 そして、午前二時――

 ――先生、寝てるかな。
 布団からのっそりと身を起こした俺は、少し首を伸ばしてベッドの上の様子を伺った。案の定先生はイビキをかいて爆睡している。両手は万歳の形で、両脚も縛られたままだ。

「先生」
 そっと耳元で囁いたけれど、こんなものじゃ先生は起きない。少し強めに肩を揺さぶったがダメだ。朝は文字通り叩き起こす勢いで起こしているから、「そっと起こす」という加減が良く分からない。

「先生、朝ご飯ですよ。先生の好きなタルタルソースのフィッシュハンバーガーですよ」
「んん……」
 一瞬反応したものの、駄目だ。起きない。

「……参ったな。あんまりショックを与えると完全に起きちゃうし」
 色々と思案しているうち、先生が「ううん」と小さく呻いて寝返りをうとうとした──が、当然縛られているため体を仰向けから横にすることはできない。
「んん……」
 体が動かないことに違和感を覚えながらも覚醒する気配はなく、先生は微妙に体を蠢かせて呻いている。

 ──色っぽい。

 身動きの取れない窮屈さからくる苦悶の表情。縛られた手足。小さな呻き声。

「せ、先生……」
 俺は心の中の悪魔に唆され、先生の下半身にそっと手を伸ばした。
 当然ながら何の反応も示していない。スエット越しに感じるそれは柔らかな弾力を持ち、今日も入浴時に見たばかりの先生のアレを思い出した。

「……ん」
 声と共に、手のひらに感じるそれがピクリと動いた。
 ──ダメだよ、こんなの痴漢だし準強制わいせつ罪だ。
 分かってはいるものの止まらない。俺は先生のスエットどころかパンツの中にまで手を潜り込ませ、柔らかくて愛おしいペニスの感触に息を荒くさせていた。

「ん、……黎人……」
「っ……!」
 起こしてしまったかと思ったが、違う。先生は目を閉じ静かな呼吸を繰り返している。
 ──俺の名前、呼んでくれた。
 何故か無性に嬉しくなった。無意識の中で呼んだ相手が俺だったのだ。もちろん先生が浮気なんてしている筈もないけれど、違う男の名前だったらショックで泣いてしまったかもしれない。

「先生、大好きですよ」
 しっかりとペニスを握ったままそう告げて、俺はベッドの上に身を乗り出し先生の股間に顔を落とした。
「んっ、……」
 萎えたそれに唇を被せ、ゆっくりと舌を絡めていく。そういえば完全に通常時のペニスを咥えるのは久しぶりだ。大抵フェラの時は既に勃起しているから、柔らかな舌触りが何だか新鮮に思えた。

 ──やっぱ起きてる時より反応は鈍いな。

 それでもたっぷり舌を絡めてしゃぶっていると、口の中で少しずつ大きくなってくるのが分かった。
「せんせ、……凄い、おっきくなってます……」
 通常時のペニスは柔らかくて可愛くて愛おしいけれど、屹立したペニスは硬くて熱くてカッコ良くてヨダレが出るほど大好きだ。
 俺は完全に硬くなったモノを口から抜き、舌で舐め回しながらうっとりとした表情を浮かべた。

「んん、……お、あ……」
 滅多に声を出さない先生が喘いでいる。それだけで脳味噌が蕩けそうなほど嬉しくて、ついつい俺の下半身も熱くなってしまう。
「はぁ、……やしろせんせ……」

 そうして目の前に完勃起したペニスが現れると、次の欲望が湧き上がってしまうのが男のサガ

 ──挿れたい。

「………」
 何というか、この縛られた状態の先生を攻めたい。

 午前二時、俺は月明かりのみが差し込む暗い部屋でしばし葛藤を続けるのであった。


 つづく!