亜利馬、初めての生配信 -3-

 動画生放送の開始まで、あと二時間半。
 俺は誰もいない会議室で一人、プリントアウトしてもらった台本と即席の企画書を凝視していた。
 インタビュー内容──この仕事を選んだきっかけ。初めての撮影をどう思ったか。今後どういうモデルでありたいか。趣味や特技、ハマっているもの、恋人にしたい男のタイプ、セックスにおける得意技……
「結構あるなぁ……」
 ファンからの質問は「進行役が無難なものを読み上げるからそれに答えればいい」と山野さんは言っていたけど、即興でちゃんと答えられるだろうか。自信がない。
「@Pinkの宣伝……倒れたことは言わない方がいいもんなぁ……。……って、ブレイズの動画も決まったんだ。これはちょっと楽しみ。それで……えっと、俺からファンの人達への気持ち」
 一緒にもらった白紙のコピー用紙に、汚い字で自分の案を書き出してみる。一日もらえればどれも簡単に考えられるけど、あと二時間半しかないと思うと焦るばかりでなかなか良いものが思い付かない。

「うー!」
 ペンを咥えて頭を掻きむしり、天井を仰ぐ。
「竜介さんなら何て答えただろ。……ていうか夏風邪なんて大丈夫なのかな」
 独り言を呟きながらスマホを取り、大雅にメッセージを送ってみた。
『竜介さん大丈夫?』
 確か大雅は今日、別スタジオでの撮影だ。心配してるだろうなと思ったその時、すぐに返信がきて驚いた。
『いちおう、俺の部屋で寝かせてる。俺も早く帰るから大丈夫』
『さすが大雅。仕事終わったら俺もお見舞い行くね。またホットケーキ作るよ』
『わかった。あと、間に合ったら竜介とライブ見るから。がんばってねありま』
 もう話が伝わっている。……そりゃそうか、愛する兄貴の代役なんだし。誰がやるのか気になるのも無理はない。
「……よし!」
 二人のためにも絶対、生配信を成功させてやる。

 ──と、意気込みだけは一丁前だったものの。
「……『芸能界のスカウトを受けたつもりがAVだった』は、やめてくれ。ウチが騙してモデルを集めてると思われる」
 何とか完成させた俺の「答え」を、のっけから却下されてしまった。
「じゃ、じゃあ、俺の一方的な勘違いで、っていうのを強調したらどうでしょう? 正直言って俺、本気で勘違いして入ったので……」
「スカウト、だけでいい。取り敢えず今日のところはな。……それから、次作の宣伝はこちらで考えておいたからそれを読んで覚えてくれ」
「は、早く言ってくださいよ! これ一番考えるの苦労したんですからっ!」
「すまない、こっちも慌ててた。それから、……」
 そんなこんなで、つぎはぎ状態ではあるが何とか俺側の台本を形にすることはできた。
 生配信開始まで、あと四十分。

「亜利馬くん! 今日のライブ、よろしくね」
「え? あ、はい……」
 場所は六階の動画部屋と呼ばれる小さな部屋で、背景にはブレイズの最新DVDのポスターと、俺も初めて見たけど「Pink」のポスターが並んで貼られてあった。カメラが三脚に固定されていて、ピンマイクを付けられて、……俺がついたテーブルの隣には、大きめのぬいぐるみがいた。それはインヘルのロゴにも使われている、悪魔か鬼かよく分からないコミカルな顔のキャラクターだった。

「今日の進行役は、僕が担当するよ! インヘルちゃんて呼んでね」
「……ぬいぐるみと二人でやるんですか?」
 声はもちろん社員の人が発している。初めて見る顔の若い男の人だ。その人がカメラには映らない席からデスク用のマイクに向かい喋ると、俺の隣の「インヘルちゃん」が手を振ったり首を振ったり、体を揺らしたりする。凄い技術だけど、ぬいぐるみを相手に喋るとなると更にハードルが上がってしまいそうだ。
「亜利馬くん、緊張してるね。息吸ってー、吐いてー」
 声に合わせてぬいぐるみが手を広げたり戻したりしている。その動きの細かさやタイミングの完璧さに、ただただ感心するばかりの俺。声担当の社員さんが喋りながらパソコンを弄っているから、恐らくそれでぬいぐるみの動きを操作しているのだろう。
「亜利馬くん、握手して!」
「は、はい」
 差し出された小さな手をそっと指で摘まんでみると、想像通りぬいぐるみの中身は固かった。
「よろしくね、インヘルちゃん」