亜利馬、根性の新境地開拓 -7-

「俺なんか未だにバックウケすんの苦手だけどよ。初めの頃は下手クソな相手のモデルと喧嘩しまくって、現場でぶっ飛ばす寸前までいってたぞ。当然撮影は中止だし、怒られるし、散々だった。今こうして活動できてるのが奇跡ってくらいにな」
「……それは、潤歩さんが反省して次の撮影を頑張ったからですか?」
「三回目くらいの撮影の時によ。また相手モデルと喧嘩になった時に、……獅琉にぶっ飛ばされたんだ」
「えっ?」
 潤歩がむくれた表情でそっぽを向き、煙草を咥えた。
「そんで目が覚めた。そんで、ちょっとは真面目に取り組む気になった。……そしたら意外と面白くて、本格的にやる気出したって感じ」
「……獅琉さんが」
「あいつこの仕事始める時は俺より悩んでたくせに、今じゃ誰より本気でやってる。自分がメインのVの時も、自分より相手モデルのこと気遣ってよ。多分だけど獅琉の場合、セックスを見せる仕事っていうよりも、『一本の作品を作る』って概念でやってるんだろうな。だから自分がどう動くかより、全体をどう動かしてやるかを考えてんだろ」

 黙り込んだ俺の頭の中で、獅琉の声が響いた。
 撮影中も、俺が倒れた時も、いつだって獅琉は優しい言葉をかけてくれていた。俺が自分の痴態を見ていられなかったあの時だって、カメラには拾われないような小さい声で、耳元に囁いてくれていた。

 ──大丈夫だよ亜利馬。俺がちゃんといるから。大丈夫。

「………」
「おい、おい。急に泣くんじゃねえ。泣いたガキの相手はしたくねえんだ」
 テーブルに座って狼狽える潤歩に、俺は涙と鼻を拭いながら言った。
「う、う、潤歩さん……。俺、どうしたらもっとみんなみたいに、……」
「そんなモンは人それぞれだし、お前に限定して言えば慣れるしかねえ。お前今回の企画は新しいことに挑戦したくて受けたんだろ。後悔するどころか全然やる気は萎えてねえし、思ってる以上に上出来だと思うぜ。もっと前向きに考えろ」
「……前向きに」
「そうすりゃ、自然といいモノが撮れる」

 今までの人生も前向きというよりは、能天気に生きてきた俺だけど。自分の「仕事」に対して前向きに考えたことなんて一度もなかったと気付く。言われたことをやっていれば褒めてもらえてお金ももらえたし、揉め事もなく自信を失うこともなかったからだ。
 言われたことをやるだけなら誰でもできる。だけど多くの場合、言われたこと以上の働きをする人だけが上に登って行ける。それはAV業界でも同じなのかもしれなかった。
 普通の仕事とは少し違うこの仕事だからこそ、容姿や年齢なんかより前向きさが一番の武器になるんじゃないだろうか。
 潤歩が言ったそれは決して軽く考えろとか、楽観的になれという意味じゃない。

「………」
 前向きに──。
 きっとこれが俺の、今後モデルとして仕事をしていく上での大きなテーマだ。