シュヴァルツ・シュテルン《フォーゲル・ミュート》 -3-

 スーツが似合うという理由だけで、俺が「その役」に抜擢された。……気が進まない。元々こういう場所は苦手なのだ。
「いらっしゃいませ! 当店は初めてですか?」
「……ああ」
 表の看板にはデカデカとこう書いてある──「美娼年エステ・性感マッサージ」。

 場所はウェルプという獄都東にある小さな地区で、俺は初めて訪れたがゲルハルトは過去にしょっちゅう通っていたらしい。いわゆる風俗街で、客はクラブや飲みのついででなく露骨な快楽だけを目的にやってくる場所だ。文字通り仔犬ウェルプのような人懐こくてちょこちょこ動き回る娼年がそこかしこに溢れ、仕事帰りなのか俺のようにスーツを着た男達を自分の店に誘っている。

「ご希望のコースはございますか?」
「……何でも、でなく、……じゃあ、この『ラブリーコスプレコース』で」
 スーツの胸ポケットに差したペンは小型マイクになっていて、今現在、店の外の車で待機しているゲルハルトとアクセルに会話が筒抜けとなっている。ゲルハルトは小型カメラも付けろとごねていたが、何とかそれだけは回避することができた。
 ちなみに俺の耳にも超小型のインカムが付いている。

「かしこまりました。ご希望の男の子はございますか?」
「そうだな、この店で一番人気の奴を頼む。リヒトだったか、今日はいるか?」
「リヒト君ですね、かしこまりました。こちらへどうぞ!」
 受付の黒服に案内され店の奥へ進んで行くと、プレイルームらしき個室が並ぶ場所に通された。どの部屋もドアに小窓が付いていて、外から室内の様子が見えるようになっている。

「それではこちらの部屋でお待ち下さい。貴重品はこの簡易金庫にしまって頂いて、脱いだ服はこちらへお願いします」
 店で用意してある新品の(と願いたい)下着一枚になるよう指示され、「それではごゆっくり」と黒服が出て行った後で仕方なく服を脱いだ。あくまでも俺は客である。単純にプレイを楽しむ目的で来店したという設定なのだから、本来の目的を悟られる訳にはいかない。

「………」
 自分の部屋でもないのに下着姿になるなんて、ここに来る男達には抵抗がないのだろうか。
 店のボクサーブリーフだけを身に付けた状態で、俺はなるべく自分に近い場所にスーツのハンガーをかけた。高性能のマイクだ、このくらいの個室なら部屋全体の音も声も拾ってくれるだろう。

「失礼します、リヒトです」
 短いノックと共に個室のドアが開き、スラリとした体型の娼年が入って来た。「コスプレコース」だからか、牛らしき衣装を着ている。といっても牛らしさなど皆無で、胸周りを隠すピッタリとした布とホットパンツが牛柄であり、ついでのように牛っぽい耳を付けているだけだ。
「今日はお時間までよろしくお願いします」

 どこの店でも一番人気の娼年というのは、様々な組織の幹部とも繋がりがある。その場を彩る華として、或いは接待相手への捧げ物として、娼年達はその場、その場で金と同時に最新の「情報」を得るのだ。

「ていうかお兄さん、ハンサム! 僕の好みです、かっこいい~」
「あ、ありがとう」
 儚げな印象とは真逆のでかい声とテンションで、リヒトが簡易ベッドの上、俺の隣に腰を下ろしてきた。
「ねえ、お兄さん見てたら僕もう興奮してきちゃった。チンチン見る? 勃起してるの」
「い、いや……それは別にいいんだが、ちょっと聞きたいことがあってな」
「聞きたいこと?」
「ああ。君の客にフィデリオという男がいないか。コルネリオの組織に属してる幹部なんだが」
「フィデリオさんなら知ってるよ。ていうか、この店を管理してるのもフィデリオさんのチームだもん」
「そうか、それなら話が早い。俺も今度フィデリオのチームと組むことになって──」
「ねえ、仕事の話もいいけど。どうせなら気持ちいいことしながら話そうよ」
「え、あ……、いや、今日は話をしようと思って、……」
「初めてのお客さんはみんなそう言うんだよ。でも大丈夫、お兄さんは寝てるだけでいいからね。僕に全部任せて」
 ベッドに倒され、リヒトが俺の上に乗ってきた。そうしながら胸周りを隠していた布を勿体ぶった手付きで捲り、乳首を露出させる。

「せっかくの牛だから、お兄さんにミルクご馳走してあげる。僕のおっぱい吸いたいでしょ?」
「ま、待ってくれ」
「それとも、お兄さんのミルクからご馳走してもらおうかな?」
「う、わっ……」
 股間に触れられたその時、耳元でゲルハルトが叫んだ。
〈フォーゲル、てめえ! 自分だけいい思いしてるからって仕事忘れてんじゃねえぞ!〉
 忘れてない。忘れてなどいない。
 ただこういう場面に慣れていなくて、上手く対処できないのだ。

〈うるせえよゲルハルト、黙って聞いてろ〉
 続いてアクセルの声がした。
〈フォーゲルのことだ、きっと上手くやれる。間違ってもエロエロ美娼年のテクニックなんかには屈さないはずだ〉
 ……アクセルの奴、完全に楽しんでやがる。
〈はあ、もうどうせなら童貞捨ててこいよ〉
〈え、フォーゲルって童貞なの? あの見た目で? 大人なのに?〉
〈この歳で童貞なんて獄界でアイツだけだぜ、絶対〉
〈わははは〉
「………」
「お兄さん?」
 俺の中で何かがブチ切れた瞬間だった。

「わっ、……」
 身を起こし、リヒトの体をベッドに倒す。上から覆い被さる形でリヒトの目を至近距離に見つめ、囁いた。
「気持ち良くなりながら話したいんだろ、シュティーア」
「ふわぁ……」
 数瞬迷ったがこうなったら勢いに任せるしかない。俺はリヒトのホットパンツの中へ手を入れて股間を鷲掴みにし、耳元で更に囁く。

「フィデリオもここに来るんだろ。どのくらいの周期で通ってるんだ」
「あ、っ、あん、……えっと、……仕事が詰まってない時は、週末に必ず……あんっ、あとは、月末の締め日に……ふぁっ、あぁ……」
「何でもいい、奴がお前に話したことを教えろ」
「で、でもフィデリオさんの話は他言無用で──」
「ここか?」
「ああぁんっ! だめっ、そこだめえぇっ……!」
〈そこってどこだ、ちゃんと実況しろフォーゲル!〉
「おしっこの穴、ぐりぐりしちゃ、やあぁっ……」
 俺の代わりにリヒトが言うと、ゲルハルトが大人しくなった。アクセルは既に黙り込んでいて、真っ赤になった顔が容易に想像できる。

「それで?」
「ふあっ、あ……フィデリオ、さんはぁ、ぁ……。近々、でかい仕事があって、あんっ、大金が入ったら、今度はもっとハードな店を出すから、やぁっ、……その時は僕に、来てくれって……やっ、だめ、もうそれだめ、あぁっ……!」
「でかい仕事か。どんな内容だ」
「そ、それは秘密……! 喋ったらお仕置きだって……」
「そんなことは絶対にさせない。俺が許可する、言え」
「でも、でもっ……!」
 流石に口を割らないか。どうしたものかと考えていると、
〈フォーゲル、ベッドのすぐそばにボトルがあるだろ。それ使って吐かせろ〉
 ゲルハルトが低い声で言った。

「これか。……どうするんだ」
〈中身をケツの穴に塗りたくって、指突っ込んでかき回せ〉
「はあっ?」
「お、お兄さん……?」
 ハッとして口をつぐみ、言われた通りボトルの液体を手のひらに出してみる。ぬるぬるしていて気色悪い。本当にこんなものをリヒトの尻に塗っても良いのか。
「お兄さん、早く……」
 が、どうやらリヒトもそれを望んでいるらしい。俺は意を決してリヒトの脚を持ち上げ、ヒクついている蕾のような尻の穴に指を突き立てた。

「ん、……」
〈挿れたか? そしたらそのまま深い所まで突っ込んで、金玉の裏側辺りだ、何かコリッとしてるところがあるだろ、探せ〉
 ゲルハルトのレクチャーを受けながら指を深く挿入させる。入口は狭いが中は意外と広く、その裏側に当たる部分を探ってみる。
「……ひゃっ!」
 中指の腹にそれらしき物の感触があった。恐らくこれだ。
〈見つけたらそこを攻めろ。吐くまでやめるな〉
「い、や……だめ、お兄さ、んっ……! そこ擦っちゃ、あぁんっ!」
「リヒト」
「うぁ、あぁっ! そ、そんな……ぁ、んっ……! あっ、あっ、……」
「お前に何か言ってなかったか? 例えば亜人絡みの仕事だとか……」
「あんっ、そ、そうそれ……! 亜人の男の子が、奪われたから、それを……取り返すって……! あ、あ……もっと、そこ、もっとして、ぇ……」
「して欲しかったら全部教えてくれ。ギブアンドテイクだろ」
「珍しい、亜人の子だって、……あぅっ! ま、前から目を付けてて、……二年前くらいに、……邪魔がなくなっ、た、って……。そ、それで結界が、薄くなったとか、……目処がたったとか、……あぁんっ!」
「いい子だ。フィデリオがその邪魔者を排除したってことか?」
「ふえっ、え、あ……あぁぁんっ! た、たぶん……!」

 リヒトは大股を開いてだらしなく涎を垂らし、ビクビクと腰を痙攣させている。ペニスはこれ以上ないほど屹立し、先端からは少量の精液が立て続けに噴出していた。
「お兄さ、あぁぁっ……僕もう、もうだめ、だから、あぁっ……! ああぁっ──!」
 もはやリヒトの焦点は合っていない。
「おいゲルハルト、これ大丈夫か……?」