シュヴァルツ・シュテルン《フォーゲル・ミュート》 -2-

「お。出たな、フォーゲルの水鉄砲」
「まあ、間違いでははないんだが……」
 ゲヴィッターはエアガンとヴァッサーシューター鉄砲を組み合わせて改造した俺専用の銃だ。ハンマーを起こすと魔力の込められた水が装填され、トリガーを引けば弾丸の如く水の塊が噴出する。
 水は岩をも砕き、使いようによっては鉄をも斬る。魔人だろうと亜人だろうと、人体なんて俺の水の前では腐ったバナナよりも脆いのだ。

「右のバイクで2ケツしてる、前の奴だ! 金髪のチビだけは殺すな、ゲルハルトのクソ野郎とフォーゲルはぶっ殺せ!」
「あのチビ一匹で五億かよっ? ギャハッ! 引き渡す前に輪姦マワして動画撮って稼ぐしかねえ!」
 六台のエア・バイクが空を切って迫って来る。派手にペイントされたバイクは独特のエンジン音を轟かせながらアクロバティックな動きで俺達を煽り、確実にその距離を縮めていた。

 ファルター邸のある街──モルゲンシュタットを抜け、獄都北高速道路へと入った。この道路を突破すれば俺達が住むトイフェル・ストリートに戻ることができる。決めるとしたらこの道路でだ。こんなバイクが六台で街の中を暴れたら、知人の店も家も壊されてしまう。

「ぶっ放せ、フォーゲルッ!」
「っ……!」
 トリガーを二度引き、前衛の二人にゲヴィッターの弾丸を喰らわせる。一発は中央を走っていた男の額に命中し、吹き飛ばされ乗り主を失ったエア・バイクが大きく弧を描きながら道路の上を滑って行った。
 前衛右の男は大きく車体を回転させ、水の塊をバイクの側面に受けることで被弾を避けた。
「フォオォゲルゥッ! てめえの水なんて当たらなきゃガキの遊びじゃねえかよオォッ!」
 咆哮する男が更にエンジンを轟かせ加速する。
「アホかお前」
「な、にっ……! なんだ、てめええぇあぁぁッ!」
 バイクに当たって弾けた水が空中で急速に冷凍され、氷の破片となって男の顔面に次々と突き刺さってゆく。氷の欠片と混じって光る血飛沫は美しいが、咆哮が断末魔に変わる瞬間はいつ聞いても耳障りだ。

「弾丸にも俺の魔力が通ってる。この距離ならどんな形でも操れるぜ」
「フォーゲルちゃん、かっけえぇ!」
「ていうかアンタも何とかしろよ! ただ後ろに乗ってるだけか!」
 アクセルが叫ぶも、ゲルハルトは笑っているだけだ。
「俺はお前の運転補助に魔力の殆どを使っちまってるからな、加勢したくてもできねえの」
「はあっ? じゃ、じゃあアンタが運転しろよ! 代われ!」
「運転変わったところでお前は戦えねえだろうが。奴らに背中晒すことになるしよ」
 二人が言い合っている間も俺はゲヴィッターを発砲し続ける。

 しかし吹っ飛んで行った前衛二人より、後ろに控えていた四人の方が運転技術も戦闘技術も上だったらしい。
「水の弾丸は万一当たってもシールドで防げる。そもそも俺達ならあんなモン軽く躱せるはずだ、なめんなッ!」
「二手に分かれるぞ、お前らはゲルハルトを殺れ!」
 空は暗いままだが時刻は午前六時。怠け者の獄徒達がこの時間活動しているはずもなく、獄都北高速道路には俺達の他に車もバイクも走っていない。無関係な者が巻き込まれるという事態は避けられるが、だからこそ俺はある種の嫌な予感を抱いていた。

「き、来たぞゲルハルト! どうすんだ、何とかしろよ!」
 アクセルの動揺がバイクのスピードを落とさせている。
 ゲルハルトが隣を走る俺を見て笑った。──嫌な予感は、どうやら的中したようだ。
「アクセルちゃんよ、お前、そこからフォーゲルのケツに飛び移れるか?」
「ふ、ざけたこと言ってんじゃねえっ、無理に決まってるだろ!」
「それじゃ、ちょっとだけ我慢しとけ」
「ああっ? 何を──」
 アクセルの後ろに座ったままゲルハルトが両手を左右に広げる。風で翻る黒いロングコートが、まるで悪魔の翼のようだ。
「いや、ちょっと待てゲルハルト。やめろ、そのままだとアクセルが死ぬぞ!」
「えっ? なんだよ、アンタ俺を殺す気かっ?」
「死なねえよ、加減する」
「すげえ怖いんだけど! 待ってくれ、降りる、フォーゲルのバイクに移るから待ってくれ、……!」
「もう遅せぇッ──!」
 左右に広げていた手が宙を切るように振り下ろされる。瞬間、ゲルハルトの体にチャージされていた電気のエネルギーが稲妻となり猛スピードで放電された。硬いアスファルトを削りながらまるで蛇のように地面を伝い、はっきりと四本の筋に別れて、四台のエア・バイクを確実にロックオンし襲いかかる。

「うわああぁッ、背中がバチバチする! 気色悪い、つうか地味に痛てえッ!」
「我慢しろやアクセル、その程度で済んでんだからましだと思え」
 俺達のすぐ後ろで四人が叫ぶ。
「おい、あれに触れたらバイクがイカれるぞ!」
「地面に触れなきゃ平気だ、飛び続けろ!」
「ぶっ殺せ!」「クソ野郎!」
 ゲルハルトの口元がニヤリと緩んだ。
 同時に、振り下ろされた両手が再び上へと持ち上げられる。
「ん、なっ!」
 アスファルト上を這っていた稲妻がゲルハルトの手の動きに合わせて飛び上がる。獲物の喉元は既に捉えていた。バイクに巻き付いたブリッツ・シュランゲ稲妻の蛇が乗り主の脚に絡み、胴体を伝い、文字通り首にまで巻き付いてがんじがらめに拘束した。
「が、あ、あぁ……!」
「う、動けねっ、……」
 空中でバイクごと固定された四人が喘ぐように呻き、体中を走る強烈な電流に苦悶の表情を浮かべている。その時点で俺達はもう走るのを止めていた。四人が苦しめば苦しむほど、ゲルハルトの顔が嬉しそうに歪んでいく。

「おい。お前ら、誰に雇われた」
 俺が問うと、四人の顔に苦痛によるものとは別の恐怖の色が浮かんだ。
「お前らコルネリオの下っ端チームだろ。アクセルを狙ってるのはお前らの直属の幹部か、それとももっと上の奴か」
「い、言うわけねぇだろうがよォ……!」
「吐かなきゃ一人ずつ殺すぞ。お前らみてえなのがこれからも来るなら、そいつらに同じこと聞けばいいしよ」
 ゲルハルトが俺を手招きし、言った。
「既に電気ぐるぐるの刑にかかってるお前らに、フォーゲルがゲヴィッターを撃ち込んだらどうなるか分かるよな。あっという間に黒焦げの感電死だ。誰が誰かも分からねえ、身元不明の死体として故郷にも帰れねえまま、ただ処理場で焼かれて灰になる」
「わ、分かった。……言うよ、勘弁してくれ!」
「何だ、呆気ねえな」
 正直俺はホッとしていた。ゲルハルトの電流に俺の水を加えたら奴の言う通り四人は感電死だが、電流を作り出しているゲルハルト自身もただでは済まないのだ。
 能力として操る電気は主に影響を与えない。だがそこに他の能力が加われば話は別だ。ゲルハルトはたまに無茶をしでかすから、四人が口を割らなければ本当に実行していただろう。

 *

「ああ疲れた……すげえ腹減った」
 エア・バイクも完全に壊れたためトボトボと徒歩で帰って行く四人を見送った後で、アクセルが伸びをして言った。
「お前何もしてねえじゃん」
「馬鹿言え、初心者なのにずっと運転してやっただろ。結局追いつかれなかったし、俺結構バイクのセンスあるかも」
「俺のアシストがあったからこそ、だ!」
「要らねえよアレ。バチバチしてて鬱陶しかった」
「このガキ、ぜってえ犯す」
 罵り合う二人を見て思わず吹き出してしまった。ひと仕事終えたような和やかムードだが、実際には始まってすらいない。

「取り敢えず俺も腹減った。地元着いたらどっか寄ってこうぜ、フォーゲルちゃんの奢りで」
「……フォーゲル、お前も苦労してんだな」
 俺はアクセルの言葉に苦笑し、振り出した煙草を咥えた。
 確かに苦労はする──が、ゲルハルトは俺が獄界で唯一無条件で命を預けられる男だ。
 見た目も中身も能力も正反対の俺達だが、獄界のどの組織やチームよりも信頼し合っているし絆は深い。

 子供の頃から一緒だった。どんな危険だって乗り越えてきた。
 俺達ならきっといつか、天の使者だって倒すことができるはずだ。