ライオンとトラ -2-

「なあ、もう帰るの」
 振り向いた先には玲遠がいた。開いた待機室のドアに寄り掛かり、こちらを見て腕組みをしている。
「お、お疲れ様です玲遠さん。お先に失礼します……」
「この後、何か用あるの? 暇ならこっち来て、ちょっと付き合ってよ」
「ええと……」
 ハルトの夕飯を作らなきゃならない、などと言ったらまた何を言われるか分からない。玲遠の威圧的な態度を跳ね除ける勇気がなくて、俺は仕方なく待機室の方へと向かった。

「あと二時間、暇なんだよね。帰ってもいいけど予約入ったら戻るの面倒だし」
「そうですか、大変ですよね」
 何と言ったら良いのか分からず、かと言って玲遠を怒らせたくもなく、俺は神妙な顔を作って頷いた。一つだけだが俺よりも年下の男相手に我ながら情けないと思ったが、売れっ子の玲遠を相手になるべく波風は立たせたくない。
「まあ、適当に座りなよ」
「はい。……あ、大河。お疲れ様」
「どうも」
 待機室の中には大河もいた。テーブルの前に座って雑誌を読み、俺が入ってきても視線すら向けてくれない。

「俺達はいつも終了の零時までここにいるんだ。大声じゃ言えないけど、零時過ぎても予約入る時とかザラにあるし」
「風営法上、零時までの営業って決まってるんですよね? ハルトさんに聞きました」
「うん。いつガサが入るか分かんないから、散宙もその時は窓から飛び降りる覚悟しといた方がいいよ」
「え、……そ、そんな」
 玲遠が俺にサーバーから注いだジュースを差し出し、「冗談だよ」と笑った。

「大抵、そういう時は事前にハルトの所に情報が入ってくるからね。それに、待機室でだらけてるだけじゃ逮捕はされない」
「そうなんですか。……でも、そうなったら一番危険なのはハルトさんですよね」
「大丈夫じゃない? そのために仲良しのお巡りさんにお菓子配ったりしてるんだろうし」
「お菓子なんかで見逃してもらえるんですか?」
「先輩。あんまり余計なこと言うと、社長に怒られますよ」
 ようやく大河が口を開いた。が、視線は雑誌に落とされたままだ。

「俺は風俗業界の厳しさってやつを散宙に教えてやってんの。何にも知らないくせに突然入って来ちゃって、散宙も戸惑ってるでしょ?」
「お、俺は……」
 金に釣られたなんて、言えない。
「男が男とセックスする仕事に関わるなんて、想像もしてなかった?」
 玲遠の蠱惑的な瞳が俺を見つめている。それだけで何も言えなくなって、俺は反射的にその瞳から顔を背けた。
「でもさ、散宙も少しくらい興味あるから仕事しようと思ったんでしょ? そうじゃなきゃ風俗店のマネージャーやるのに、わざわざ売り専選ぶ必要ないもんね」
「……べ、別にそれは。仕事と割り切れば、場所なんてどこでも……」
「ここで働くなら仕事より先に、男とのセックスを覚えなよ」
 ──え?