上京初仕事?

 ……そんな経験は初めてだったから、緊張と心地好さと熱を持った体のせいで、その夜はぐっすりと眠ることができた。
 夢の中でも俺はハルトに触られていて、喘いでいた。
「んっ……」
 ぞくぞくする刺激に体が疼き、期待して、もっとして欲しくて──。
「チル」
「……う、ん。……んっ」
 ハルトの囁きが、耳から体中を這い回って──。
「チル、起きろ」
「……えっ?」

 甘く濡れた快楽から一変、爽やかな陽射しの中に放り出される。目が覚めた時、既に時計の針は十二時を指していた。
「や、やばっ……。寝過ごした……」
 夜明けと共に起きるはずだったのに、枕元のスマホは「アラーム終了」の画面のまま止まっている。
 見ればベッドの横に立ったスーツ姿のハルトが、呆れ顔で俺を見下ろしていた。
「あんまり熟睡してるから起こさなかったけど、放っておいたらいつまでも寝てそうだったからな。俺、これから仕事だから一人にする訳にもいかねえし」
「……ごめん。すぐ用意して出てく」
 のろのろとベッドを降りると、昨夜のことを思い出してか急激に恥ずかしくなってきた。まともにハルトの顔が見られない。満更じゃなかったから、猶更だ。

「大丈夫か? チル、目が半開きだぞ」
「へ、平気……ていうか、チルって何?」
「散宙だからチル。サンチューよりはいいだろ」
「変なの」
 鞄から取り出した新しい服を着て、洗面所を借りて歯を磨く。昨日塗りたくられたローションは既にさらさらに乾いていて、取り敢えず今は洗い流す必要はなさそうだった。

 今日からまた気合を入れ直して、今度こそ仕事と寝床を確保しなければ。
 甘ったるい余韻に浸っている場合じゃない。俺の都会生活はこれからが本番なのだ。

 考えていたら、ふいに玄関の呼び鈴が鳴った。ハルトが出て行き応対している。
「おう、お疲れ。どうした?」
「先輩、来てます? 昨日あの後で連絡取れなくなったんで、また社長のとこ行ってるのかと」
「玲遠か、来てねえよ。またどっかで寝てるんじゃないのか」
「ああ、それはあり得ますね」
 この抑揚のない声は、昨日俺を案内してくれた大河だ。俺は急いで口を濯ぎ、洗面所を出た。
「こ、こんにちは、大河さん。昨日はありがとうございました」
「……あれ」
 目を丸くさせる大河。今日はスーツ姿ではなく、Tシャツにワークパンツというラフな恰好だ。短い黒髪と程よく鍛えられた体。切れ長の瞳。男前は流行物に身を包まずとも男前、その典型的な例だと思った。

「社長。彼、どうしたんですか」
「散宙くんっていって、一晩泊めてやったんだ。ウチで働くつもりで面接来てくれたんだけど、条件が合わないから辞退するって。愛称はチルだぞ」
「へえ……働く気もないのに泊まるとか、随分と厚かましいんですね」
 気を遣って嘘をついてくれたハルトだが、逆に大河の心象を悪くしたらしい。俺は言い返すこともできずに縮こまる。
「まあ、時間が時間だったからな。それよりほら、もう店行くんだろ」
「じゃ、先に行ってます」
 大河が出て行き、俺はハルトに頭を下げた。
「確かに厚かましかったかも。ごめん」
「いいって別に。あいつは良くも悪くも真面目すぎるんだ」