第1日目の災難

 色とりどりのネオンは安っぽくても煌びやかで、街灯も殆どない田舎で育ってきた俺には目に映るもの全てが美しく思えた。

 午後十時、街は活気づいている。あちこちで飛び交う言葉は日本語だけでなく、英語や中国語、韓国語なども入り混じっていて、一瞬、異国に迷い込んでしまったかのような錯覚に陥る。右に目を向ければドレスを着た嬢が店の前で中年サラリーマンを誘い、左では黒服姿の男がビルの前で若者達を必死に呼び止め、隅の方では偶然迷い込んでしまったカップルなどが気まずそうに歩みを速めていた。

 都ノ町とのまち駅から徒歩五分、駅前アーケードを途中で左に曲がると、「その世界」は突然現れる。
カラオケやファストフードやゲームセンターで賑わうアーケード内とは違い、ここにあるのは居酒屋とキャバクラ、それから風俗店だけだ。煙草と香水、酒の匂い、それから人間が持つ欲望と金の卑猥な匂い。それらが一晩かけて混ざり合い、夜が明ける頃、少しずつ沈静化してゆく。恐らくは平日も週末も関係なく、毎晩その繰り返しなのだろう。

 俺は引っ切り無しに声をかけてくる客引きを苦笑でやり過ごしながら、そんな繁華街を歩いていた。
 ここは都ノ町でも有名な繁華街らしいが、正直ここまで凄まじいとは思わなかった。コンビニ内もドレスを着た女や黒服の男ばかりで、とても俺のような一般客は入れない。テレビで見た歌舞伎町に似ていると思ったが、ここはそういった意味での金が飛び交う街ではない。猥雑な裏街。どちらかと言えば歌舞伎町などの大都会に行けない者が、飲み会帰りの気楽なノリで来るような場所だ。

 電話で聞いた話だと「アーケード入口から二つ目の角を左に曲がって、飲み屋街を抜けて風俗街になったところで一つ目の角を右、そこから二つ目の角を左で信号渡った斜め前に入口がある」らしいが、そんな大雑把な説明を頼りにこんな場所を歩くなんて、心細いにも程がある。

 やっぱり、もう少し地元から近い場所で仕事を探すべきだったか──。

「お兄さん」
 また別の男に声をかけられたが、今度は勇気を振り絞って無視をする。心臓をバクバクさせながら早足で歩いていると、声の主が後ろから追いかけてくるのを感じた。
「お兄さん、これ。落としましたよ」
「えっ……」
 思わず足を止めて振り返った先には、他の客引きとは明らかに違う、ダークグレーの洒落たスーツを着た長身の男が立っていた。その手には、見覚えのあるスマホが握られている。
「あ、俺の……。すみません、ありがとうございます」
 慌てて男の元へと駆け寄り、大袈裟なほど深く頭を下げる。受け取った端末は間違いなく俺の物だった。男がネクタイを緩めながら「別に」と呟き、振り出した煙草を咥える。ライターを灯す指が綺麗で、何だか妙に艶のある男だった。

「あの俺、都ノ町アクアレジデンスっていうマンションを探してるんですけど、場所分かりますか。この辺にあるって聞いたんですけど……」
 思い切って訊いてみるも、男は整った無表情のままゆっくりと紫煙を吐き、小さく首を捻るだけで何も答えない。
「……すいません、分からないですよね」
「俺も暇じゃないんで」
 プイとそっぽを向いて、男が背後の雑居ビルの中へと入って行く。見上げた看板には「都ノ町メンズクラブ ブレイズロック」とあった。ホストクラブのようなものだろうか。どうやらそこが彼の職場らしい。俺は見えなくなった彼に軽く会釈をしてから再び歩き始めた。期待していなかったから、特に落胆もない。

「お兄さん、ちょっと」
 振り返ると、今しがたビルに入って行ったはずのスーツ姿の男が駆けて来るのが見えた。