#7 体育祭バーニング -5-

「炎樽……」
 タオルの下から顔を出したマカロが、不安げに俺を見上げている。
「穴掘る代わりに、食うの手伝ってやろうか」
「聞いてる? 炎樽くん」
「………」
 こういう輩は徹底的に無視するしかない。下手に突っかかっても結局勝てはしない。

「無視すんなって。俺ら、今日はお前をヤろうと思ってねえしさ」
「あっ」
 声をあげたのはマカロだ。五人のうち真ん中に立っていたリーダー格の岡島清吾が、その場にしゃがんで弁当箱からおにぎりを掴み、齧り出す。その凶悪面と逆立った金髪を、こんなに間近で見るのは初めてだった。
「お前、よく見たら可愛いツラしてんだな。いつもはなんも考えねえでヤることしか頭になかったけど」
「………」

 二口、三口とおにぎりを齧って頬を膨らませた岡島が、舌打ちと共に立ち上がる。
「あくまでシカト決めるつもりか、つまんねえの。行くぞ」
 そうして岡島が、残った食べかけのおにぎりを床に放った。
「ご馳走様」
「っ……」
「ほ、ほたるに……」
「マカ……?」
 ──タオルの下から飛び出したマカロが、岡島に向かって叫んだ。
「炎樽に、意地悪すんなあぁ──ッ!」
 瞬間、体育館中が轟音に包まれた。観客席やアリーナでは突然の地響きに教師達が慌てふためいているのが見える。救護室から慌てて出てきたのはサバラだ。生徒達は騒ぎながらも教師の指示通り床に伏せていた。

「マカ、……やめっ、やめろ!」
「な、何だてめぇっ……!」
 ピンクの髪を逆立たせ、肩で息をするマカロの目は真っ赤だった。泣いていた訳ではない。普段のマカロからは想像できない、恐ろしいまでの狂気を宿した……それは例えるなら「悪魔の目」だった。
「お前なんか、俺の地獄に落としてやる!」
「だ、だめ! マカ、やめろっ……!」

 ──Welcome to …

 俺の耳の奥でいつか聞いた「あの言葉」が渦を巻く。今まさに、マカロが作り出す悪夢の扉が開かれようとしている。
「マカ──!」
「何やってんだ、てめえは?」
 しかし今しも開きそうだったマカロの扉は、いともあっさりと、パタンと音を立てて閉じた。……天和の手によって。

「天和っ!」
 突然現れた天和に翼を摘ままれ暴れるマカロが、「はなせー!」と声を上げている。ぽんと放り投げられたマカロをキャッチした俺は、祈る思いで天和の背中を見つめた。
「あいつがそんなにキレるってことは、こいつらが相応のことをしたんだろうが」
「き、鬼堂……!」
「てめえ、まだ懲りてねえのかよ」
 動揺する岡島の前まで歩み寄って行った天和が低い声で囁いた。以前、体育倉庫で天和の圧倒的な強さの前に倒れた岡島だ。俺に見せていた強気な態度は見る影もなく、完全に怯えきっている。
「炎樽は俺のモンだ。手出しすんなって言ったよな」
 地響きが収まり、生徒達が安堵した様子で床から体を上げていた。生徒も教師も、誰も俺達のことに気付いていない。
 結局岡島達は、すごすごとその場から立ち去って行った。

「たかともーっ!」
 俺の手からマカロが飛んで行き、涙と鼻水に濡れた顔を天和の体育着に押し付けて泣き始めた。
「お、おれが、ほたるのこと、守れなくって、ごめん……!」
「……よく分かんねえんだけど、守ろうとしたんだろ。無事だったみてえだし」
「うわああぁん! ごめんなさい! ほたる、たかとも、ごめんなさい!」
 慌てて俺も駆け寄り、マカロの口にイチゴ牛乳のストローを咥えさせる。体は小さくてもマカロの声はデカ過ぎるのだ。
「ちょっとヒヤヒヤしたけど、俺のために怒ってくれたじゃん。マカ、カッコ良かったぞ。あいつらに見られたけど……多分大丈夫だと思うし……」

 天和が床に視線を落とし、岡島が齧ったおにぎりを拾い上げる。
「た、天和……!」
 そうして何の躊躇もなくおにぎりを頬張った天和が、「腹減ってんだけど、俺の分もあるんだろうな」と床に座り込んだ。