陽太と薄幸の美青年 -4-

 午後になり景虎達と入れ替わるようにして、今度は俺が庭に出た。
「行くぞチャンプ!」
 洗濯係の蘭海の愛犬、セントバーナードのチャンプが、ウォンと大きな声で俺に応える。骨の形に編まれたロープのオモチャを思い切り投げると、チャンプがその巨体を波のように揺らして走り出した。
「やっぱ大型犬はいいなぁ。カッコいい」
 それに、犬と一緒に住み込みで働けるなんて最高の職場だ。ペット飼育の許可が下りているのは今のところ蘭海だけだけど、こんなに広い庭なのだから他の使用人もたくさん連れてくればいいのに。今度、飛凰に頼んでみよう。

「よし、いい子だチャンプ!」
 オモチャを咥えてきたチャンプが俺の足元にそれを置き、尻尾ぶんぶんで俺に飛び付いてくる。
「わっ、あははは!」
 芝の上に押し倒され、チャンプと一緒になって思い切り転がり回る。押し退けようとしても俺の力では到底敵わない。だけど汗もかくし良い運動にもなるし、何よりこうしている時間が楽しかった。

「陽太様」
「あ、琥珀」
 転がったまま見上げると、そこには琥珀が立っていた。
「怪我はもう大丈夫なのか? だいぶ腫れは引いてきたみたいだけど」
「はい、お陰様で。景虎さんにも良くして頂いてますし、本当にありがとうございます、陽太様」
「様なんて付けなくていいよ。敬語も必要ないし」
「景虎さんがそう呼ばれてるので、俺もそうすることにしたんです」
 初日は喋るのも辛そうだった琥珀が、こうして穏やかな笑みを浮かべてくれている。やはりその容姿は美しく、そして儚げだった。

「その景虎はどこ行ったんだ? 片時も琥珀から離れないって感じで張り切ってたのに」
「ずっと俺に付いていてくれたので、疲れさせてしまったんだと思います。今はお昼寝されてますよ」
 身を起こして芝の上に座ると、たちまちチャンプに伸し掛かられて再び押し倒されてしまった。

「やめろってば、チャンプ!」
「景虎さんに聞きました。陽太様は、飛凰様のパートナーなのだとか」
「パートナーって言うほど対等なものじゃないけどね」
 くす、と琥珀が笑った。
「飛凰様のような男性に愛されたら、きっと幸せになれそうですね」
「まだここに来て間もないから、どうなるか分からないよ」
「………」
 琥珀は芝生に倒れた俺を見て笑っている。控えめな微笑を湛えた口元と、上から俺を見つめる目──何だか儚さを通り越して、酷く冷たい印象を受けた。
 さっきまであんなに穏やかに笑っていたのに。

「何かおかしかったか?」
 苦笑して訊ねれば、その表情のままで更に琥珀がくすりと笑った。
「いえ別に。初めてお会いした時、お二人がとてもお似合いだったので……」
 含みのある言い方をされてムッとなったが、ここで怒っても何の得もない。どうせあと数日したら店の寮に移るのだし、何を言われたところでやり過ごすのが一番だ。

「良かったら琥珀も一緒に遊ぼうよ。コイツ相手にしてるといい運動になって、ストレス発散できるよ」
「いえ、遠慮しておきます」
 琥珀が困ったように眉尻を下げ、踵を返しながら言った。
「美しくない犬は嫌いなんです」
「………」
 背を向けて去って行く琥珀に心の中で舌を出し、俺はチャンプの頭を撫でた。
「お前、美人だよなぁ」
 ウォッフと嬉しそうに鳴いて、チャンプがまた俺を押し倒した。