神崎家の金魚たち -6-

「うっぷ……流石に腹が重い……」
 誰もいなくなった噴水横のベンチに倒れた俺は、そのまま仰向けになって思い切り太陽を仰いだ。さんさんと降り注ぐ陽射し。心地好くて眠くなってくる。
「陽太」
 ふいに呼ばれて身を起こすと、そこには黒羽が立っていた。
「黒羽さん。さっきはすいませんでした、がっついた姿を見せてしまって……」

 俺の隣に腰掛けた黒羽が、ふうと溜息をつく。
「料理を無駄にしないという姿勢は俺達も見習うべきだが、あんな風に他の者達に突っかかるような態度は良くないな」
「すいません、ついムキになってしまって……」
「それに、陽太のあんな姿を飛凰様が見たらきっとがっかりされてしまう。俺達金魚は常に美しく在ることがまず第一の条件なんだ」
 常に美しく。それなら、わざと俺に残り飯を押し付けて悦に浸っていた桃矢と霙のそれは、美しい振る舞いといえるのだろうか。

「もちろんあの二人にも注意はしておくが、陽太も今後は気を付けてくれ。神崎家の金魚になるということは、それぞれの主に嫁入りしたのも同然なんだ。どこに出しても恥ずかしくない金魚でなければならないんだぞ」
 俺は「人間」です。喉まで出かかった言葉を飲み込み、俺は小さく頷いた。

「今日は俺と一緒にいるといい。少しずつこの暮らしに慣れていってくれ」
「はい」
 面倒臭くて仕方ないが、この「第一金魚」を味方に付けておいて損は無さそうだ。
 立ち上がった黒羽の後を追って、俺も屋敷の中へと戻る。堂々と胸を張って歩く黒羽の横顔は何だか自信に満ち溢れていて、男前だった。

「黒羽」
「飛凰様」
 廊下を歩いていたら、丁度リビングから出て来たらしい飛凰が俺達を見つけてにこりと笑った。銀色の髪が窓から射す陽射しを受けてきらきらと輝いている。
「陽太も一緒か。今日は四人で昼食をとったと景虎に聞いたが」
「はい、陽太との親睦を深めるために俺が皆に声をかけました」
「その席で陽太が粗相をしたと、桃矢に文句を言われたぞ。本当にそうなのか?」
「粗相っ? 俺はそんなつもりは──」

 言いかけた俺を黒羽が遮った。
「陽太も俺達との初めての食事でしたので、緊張していたのでしょう。食事のマナーはこれから俺が教えますから、どうかお許し下さい」
「始めから怒ってなどいないさ、頼んだぞ黒羽。陽太も気張らない程度に頑張ってくれ」
 飛凰の手が俺達二人の頭に乗せられた。子供みたいに撫でられて気まずいが、黒羽は心地好さそうに目を閉じている。

「これから霙の部屋へ行ってくる。珍しい洋菓子を買って来たそうだから、後でお前達にも分けるよう言っておこう」
「かしこまりました、飛凰様。ごゆっくり」
 お辞儀をした黒羽を見て、俺も慌てて頭を下げた。
 飛凰が玄関へ続く角を折れたところで、黒羽が俺に耳打ちする。
「霙の部屋で何が起きても嫉妬はするな。堂々としていろ」
「えっ、飛凰様が霙さんとヤるってことですか?」
「……その言い方は直球過ぎるが、可能性はゼロじゃない。俺達は飛龍様の金魚だが、その息子である飛凰様に迫られても断れないからな」
「はあぁ……」
 あの儚げな美青年の霙と、銀色の王子・飛凰が。嫉妬どころか、想像しただけで真っ赤になってしまう。

「それにしても桃矢の奴。わざわざ飛凰様に陽太のことを告げ口したのにも関わらず慰めてもらえないとは。相当不機嫌になってるだろうから、しばらく近寄らない方が良さそうだ」
 そう言いながらも黒羽の表情は楽しそうだった。頼れるお兄さんだと思っていた黒羽の黒い部分を見てしまった気がして、少しだけ残念な気持ちになる。