神崎家の飛凰様 -5-

 退屈な日々。単調な生活。時間は腐るほど有り余っているのに、どうして金だけないのだろう。バイトでも毎日ちゃんと働いているのに、親が遺した借金の返済で瞬く間に金は消えて行く。週末のちょっとした贅沢とか、自分へのご褒美とか、そんなの一度たりとも経験したことがない。

 俺は金が欲しかった。産まれた時からずっと貧乏で、小・中学校では弁当を隠して食べるような子供だった。おかずが何も入っていない弁当を同級生に見られるのが恥ずかしかったからだ。

 義務教育を卒業してからは当然のようにアルバイト生活が始まり、これまでより多少は食卓のおかずの量が増えた。病弱な母親と酒飲みの父親と、いつも飢えていた俺。飽食の時代なんて言われていても我が家には関係のないことで、食える物なら何でも口に入れていた。

 そんな生活が続いて二年前に母親が死に──その一年後、父親が借金を踏み倒して蒸発した。家も家財道具も全てを奪われ……バイトから帰ったら家の前にガラの悪い連中がいて、「もうここは兄ちゃんの家じゃないんだよ」とだけ言われた。
 途方もなく夜の街を歩き続けてメンズエステの店を見つけ、その場で店の寮を借り仕事を始めた。

 60分マッサージをして5千円。指名料はプラス千円。歩合制の日払いだから客が一人も来なければその日の給料はゼロだ。客につけばまともな昼職より給料は良いが、風俗じゃないからガツンと大きく稼ぐことはできない。
 エステを選んだのは、風俗で働く勇気がなかっただけだ。薄汚れた貧乏人の体に価値なんかないと分かっていても、それでも、セックスは好きな男としたかった。

 ……景虎と別れて部屋に戻りベッドに横になっていたら、いつの間にか眠っていたらしい。目蓋を開いた瞬間視界が真っ暗で焦ったが、庭から差し込む仄かな灯りにほっとして身を起こす。
 こんな柔らかいベッドで寝たのは初めてだ。あまりに心地好くて、食事も取らずについ寝過ぎてしまった。

 壁の時計は午前零時少し前をさしている。
 この時間でも庭には外灯が点いていて、夜の闇の中に咲いた幻想的な光に思わず見とれてしまう。眠る広大な芝生に、月明りを浴びて輝く天使の像。空には無数の星がきらめき、自然美と人工美の融合に溜息が出た。
 ──本当に楽園だな。
 思ったその時、背後でドアの開く音がした。時間が時間なだけにギクリとして、意味が分からず窓辺から動けなくなってしまう。

「あ、……」
 ドアから入ってきたのは、この楽園の主──神崎飛凰だった。
「何だ、まだ起きていたのか?」
「い、いえ……今ちょうど目が覚めてしまって。……こんばんは」
 飛凰の手によって部屋の明かりが点される。天井の蛍光灯ではなく壁に設置された、黄色味がかったオレンジ色の間接照明だ。ふわりとした明かりで更に室内の幻想感が増し、少し感動してしまった。
「座ってもいいか」
「え……? あ、はい。どうぞ」
 この部屋で座れる場所と言ったらダイニングテーブルの椅子か、ベッドか、床しかない。どうするんだろうと思って見ていたら、飛凰がゆったりとした足取りでベッドの方へと歩いて来た。

「陽太も来い」
「えっ」
 言われて、全身から汗が噴き出る。昼間、部屋で見知らぬ青年達と裸で座っていた彼の笑みが頭を過ぎったからだ。
 まさか、昼間の俺の妄想が現実になってしまうのでは。
 首輪をされて繋がれて、この人の慰み者としてこれから毎晩――

「どうした? 来たくないか?」
「い、いえ」
 大丈夫だと自分に言い聞かせながら、ベッドの前へと進み出る。

 照明に照らされた飛凰の銀髪。透き通るような白い肌。美しいのに男らしい体つき──。飛凰はベッドに座って、動揺する俺を見上げ口元を弛めている。