「しあわせ」と「みらい」 -3-

 あらゆることにおいてずっとこのままでいたいな、なんて思っていても。一日、一日、と時間は確実に過ぎて行く。
 三月十四、土曜日。卒園式は来週の金曜、あと一週間だ。

「忙しくてもよう、俺は音弥くんみたく忘れずに、ちゃんと、準備しておいた」
 机に向かって作業をしていたら、仏頂面の勇星から小さな箱を渡された。
「あ、ホワイトデー?」
「あ、──じゃねえよ。バレンタイン貰ってねえのにお返しをやる俺の心中を察しろ」
「うわ、ブレスレットだ。嬉しい。パワーストーン?」
「音弥くん幸薄そうだからな、それ付けとけ」
「失礼な……」
 早速腕にはめてみた。光を反射して輝くストーンが綺麗で、また勇星からのプレゼントというのが嬉しくて、つい笑み零してしまう。
「ありがとう勇星。バレンタインは忘れてたけど、ちゃんと何かお返しするよ」
 椅子から立ち上がって勇星の髪に指を埋め、そのままくしゃくしゃと頭を撫でる。むすっとしながらも照れ臭そうな勇星が可愛くて、ずっと撫でていたい気持ちになった。

「熱心に何やってたんだ?」
 俺が使っていた机の上を覗きながら、その書類に気付いたのか──勇星が「お」と少し驚いた声をあげた。
「ついにか」
「うん。俺も幼稚園教諭の免許取るよ。通信制の大学と専門とまだ迷ってるから、一応書類だけいっぱい貰っておいた」

 幼稚園教諭免許の習得方法は、思っていたよりも色々なやり方があった。バイトをしながら自分のペースで学べるのは通信制だけど、実際に授業を受けたりみっちり教えてもらいたいという気持ちもあって、専門学校も捨てがたい。
 子供達に言った「新しいことに触れる喜び」を、俺自身もこれから体験する。やるなら今だと思ったし、これは俺への祈りの答えなんだとも思った。一歩前へ進むこと。怖いけど、乗り越えたならきっと新たな楽しいことと出会えるはずだ。

「産休に入ってた高下さんが、来年度は戻ってくるかもしれない。……そしたら俺は、違う幼稚園に行くことになるかもしれない。勇星と別々の所で働くのは不安だし、そうなったら讃美歌や聖書に触れることも減ると思うけど、……」
 勇星が俺の前髪をかき分け、額にキスをする。
「いつでも帰れる場所がある、ってことだろ」

「……うん。……あと、俺さ。その……ちょっと前からずっと思ってたんだけど、……」
「どうした?」
「俺、洗礼受けようと思う」
「………」
 勇星の口がポカンと開く。目は点になっていた。
「そしたら、例え別の場所に行っても怖くないと思うんだ」
「……本気か」
「本気だよ。もう迷わない」
「初詣行けなくなるぞ。占いもできなくなるぞ」
「そ、それは別に気にしてないけど……」
「たまに言われるぞ。『宗教があるから戦争が起こるんだ』って」
「それは、分かんないけど……でも、自分の心の拠り所を持つのは悪いことじゃないだろ。信じるものは人それぞれで、俺は単純にそれを信じて生きて行きたいってだけ。勇星と同じように」
「………」
「讃美歌も歌いたいし、クリスマスも祝いたい。教会にも行きたいし、祈りたい。毎日の暮らしの中で、神様を感じたいってだけ。見谷牧師や勇星や海斗と同じように、それを誰かに押し付ける気もないし、他の人が信じてるものを否定もしない。俺は俺で、自分の道を歩みたいだけなんだ」