勇星の過去と祈りの歌 -2-

 そうしてやってきたコンテスト当日。会場となるホールの控室で、勇星はじっと自分の番を待っていた。初めて顔を合わせ、その時に初めて音を聞く楽団。物怖じするライバルもいたが、勇星は常に冷静だった。
 自作曲『speranza』の指揮はこれが初めてではない。教会の有志で小さな楽団の演奏を任された時、この曲を使ったこともある。イタリア語で歌詞を作ってくれた信徒もいた。合唱曲として作り直した楽譜は、今でもあの教会に残っているだろう。

『speranza』──希望。「信仰・希望・愛」の一つでもある「希望」だ。偉大なる音楽家ロッシーニも、その三つを題材にした曲を残している。その「希望」と比べたらまだまだ稚拙な曲ではあるが──勇星は常に自分の中にある大きな希望を、信じていた。

 だが、その希望は打ち砕かれることとなる。

 ホールで指揮棒を振る勇星は、すぐにその「異変」に気付いた。
 譜面台に用意されていた『speranza』は、確かに自分の曲だった。何度も聞き、何度も弾いてきた希望のメロディ。
これは俺の『speranza』──だが、──楽譜はすり替えられていた。

 噛み合わない休符、頭の中の強弱記号と目の前の楽譜に書かれた記号の相違、打楽器と弦楽器がぶつかる不快な音、ピアノソロはクラリネットのソロに差し替えられ、作者でなければ見逃してしまうような細かい部分で音が切れ、外れ──希望は、一かけらも残っていなかった。

「っ……!」
 それでも勇星は最後まで棒を振った。焦る指で楽譜を捲り、次の、その次の小節までもを先に読み、知らない曲を奏でる演奏に必死で指揮を「合わせた」。

 恐らく、これは審査員による難解なサプライズなのだろう。同じ楽譜を全く違うものにすることで、指揮者としての先を読む能力、適応能力を試したのかもしれない。──そうでも思わないと、頭がおかしくなりそうだった。

「お疲れ様。ユウセイ・ソラジマ。もう下がってもいい」
 はっとして、観客席で演奏を聴いていた審査員たちを振り返る。腕組みをして気難しい顔をしているのもいれば、隣の審査員と「何かおかしい。元の音と違う」と話している者もいた。「めちゃくちゃだ」。そんな声も聞こえた。「期待し過ぎた」。そんな声も。

 ホールを出た勇星を待っていたのは、ローマでも有名な資産家の息子であり、同じコンテストに参加していた現役音大生の男だった。勇星の方は見ず、石階段の下で仲間らしき男達と談笑していた。
 東洋人が百年早え。そんな言葉は聞き取れたが、どうでも良かった。彼らが楽譜に細工をしたのだとしても、証拠がない今はどうすることもできなかった。
 説明すればもう一度、今度は正しい楽譜で演奏させてくれるかもしれない。そう自分に言い聞かせ、勇星は石階段をゆっくりと下りて行った。

 が──

「カルロの奴、最後まで吐かなかった」

 その言葉を耳にした瞬間、勇星の中に残っていた最後の「希望」が音をたてて崩壊した。