感謝の気持ちと零れた涙 -7-

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 クリスマスが一年で一番特別な気分になるのは、きっと、世界中の著名人が特別な思いを込めた数々の作品を残しているからだ。音楽も絵も、物語も。魂の込められた作品は時代を問わず多くの人を魅了する。信徒でなくてもヘンデルの「ハレルヤ」が多くの人に愛されているのは、そういうことなんじゃないだろうか。

 イルミネーションに彩られた並木道を歩きながら、俺は勇星の横顔を見上げて言った。
「綺麗だな。いつもの道なのに凄く幻想的だ」
「ああ。音弥くんの目がカラフルに光ってる」
「勇星も」
 家族連れとカップルだらけのイルミネーション広場も、予約していたレストランも、ちょっとだけ背伸びして飲んだワインも。今日という日を勇星と一緒に過ごせることが嬉しくて、言葉にできないほど嬉しくて。

「牧場に星がきらめき、メシアの印なりき……」
 何となく口遊む俺の手を、勇星が軽く握って言った。
「最高音、よく出した」
「勇星、言ってただろ。『俺が必ずソまで導く』って。それ信じてたから軽いモンだったよ」
 照れ笑いして勇星を見上げると、穏やかな笑みが俺を見返していた。
「……あんまり分かってねえだろ。声変わりした二十歳の男があのソを出すのって、めちゃくちゃな才能なんだぞ。普通は絶対に出せねえ。当然俺もな」
「そうなの?」
「音弥くん、もっと若い時から声楽やってれば今頃マジでソプラニスタになってたと思う。声楽向けの顔の骨格とか喉の作りとか声質とかって、生まれつきのモンで変えようがないだろ。お前はそれら全部に恵まれてる。自信持っていい」
「………」
 俺は頬を赤くさせ、口元だけで笑って俯いた。

 音楽も歌も、沢山のことは分からないけれど。少なくとも勇星と出会って、俺は歌うことの楽しさを知った。

 俺だけじゃない。昼間の子供達だって──。

「歌い終わった後に拍手喝采受けて、ちょっとウルウルしてた子もいたよね。あの年齢の子供でも『感極まる』っていうのがどういうものか、分かるんだなぁ」
「音弥くんも大号泣だったじゃねえかよ」
「お、俺はな、悪いけど毎年クリスマス礼拝の時は大号泣なんだよ」
 恥ずかしさにむくれて勇星の手を強く握りしめると、大袈裟なほど痛がりながら勇星が笑った。……勇星と手を繋いで町を歩くなんて、少し前までの俺には考えられなかったことだ。
 恥ずかしいなんて思わない。後ろめたい思いもない。誰に見られて笑われようと指をさされようと、俺はこの場で胸を張って自分は勇星の恋人だと言える。人を好きになる気持ちに男も女も関係ないんだ。俺は空島勇星と出会い惹かれ合えたことに誇りさえ持っている。

 寒さに赤くなった勇星の頬と鼻先。黄金のイルミネーションを背景にそれを見ていたら、ちら、ちらと白いものが舞っているのに気付いた。
「雪だ」
「お、上出来な演出」
 すぐに止んでしまったけれど、確かに雪が舞っていた。もっと降らないかと夜空を見上げる俺の手を、勇星が軽く引いて先を急がせる。

「また来年までクリスマスの聖歌が歌えないの、寂しいなぁ……」
「いつでも歌えよ。春でも、真夏でもさ」
「勇星、……ありがとうな」
「何が」
「『歌う』って、すっごく楽しい──」
「………」
 振り返った勇星が、俺の目を見て足を止める。

「全部勇星が教えてくれた。音を取ること、子音の大切さも、情景を思い浮かべることもさ。勇星の指揮があるから俺、絶対にソの音出せるって信じてた。色々なこと教えてくれた勇星に少しでも俺が応えられるとしたら、無条件で勇星の指揮を信頼することだって思ったから」
「音、……」
「俺が歌う喜びに出会えたのは、勇星の指揮のお陰だ。──大好き。俺さぁ、勇星の指揮で歌えることに、本当に感謝してるよ!」
 ニッと歯をみせて笑うが、勇星は茫然としたままだ。
「だからさぁ、俺、……」
 そして、俺の手を握っていた勇星の手が、静かに離れた。

「勇星……?」

「………」

 イルミネーションがぼやけて見えるのは俺じゃない──勇星の方だ。
 大きな笑い声、お喋りする女の子達、寄り添うカップルと、嬉しそうに走る子供達。その全てが俺達を置き去りにして、イルミネーションと同化しぼやけて行く。勇星の目には、もう俺の姿も映らない。
「───」
 両手で顔を覆い、勇星は泣いていた。声も出さず肩を震わせることもなく、ただただ顔を隠して立ち尽くす勇星。俺は苦笑して一歩踏み出し、背伸びをして勇星の頭に手を乗せた。
「だから俺は……栗原音弥は、一生、空島勇星に付いていくよ」
 瞬間、俺達の頭上で福音の鐘が鳴り響いた。見上げれば何てことはない、零時を回った時計台がクリスマスの訪れを知らせるハレルヤを奏でるという、粋な演出をしてくれたのだ。
「………」
「よしよし」
 通り過ぎて行く人々が、立ち止まったままの俺達に視線を向けている。

 鳴り響く鐘の音とイルミネーションの中、俺は勇星が泣き止むまでその頭を撫で続けた。