感謝の気持ちと零れた涙 -6-

『清し今宵、みんなでたくさん練習したイエス様の誕生劇を行ないました。暖かな聖夜と楽しい冬休みをお過ごし下さい。皆様、よいお年を!』

 十二月二十四日、火曜日。クリスマス礼拝当日。

 昨日の夜から緊張しっぱなしだったけど、イブの朝を迎えてみれば凄く晴れやかな気持ちになっていた。
「楽しみだなぁ。凄いわくわくする……緊張もするけど」
 歯ブラシを持つ手にも力が籠る。隣の勇星はしれっとした顔で歯を磨いていて、昨夜もいつも通りよく眠れたようだ。
 幼稚園の最大のイベント、冬休み前のクリスマス礼拝。今日が終われば冬休みに入って、明日は本番のクリスマスを家で迎えて、年末大晦日を楽しんで正月を迎えて──楽しみがいっぱいだ。

「音弥くん、別に台詞がある訳でもねえのに。全然緊張することねえだろ」
「するって。台詞なくても舞台上がるんだし、今年は合唱もあるし」
 今日の劇で俺は羊の役をやる。こまどり組のチビ羊たちが飽きて動き回らないように、大人の羊として子供達をまとめなければならない。ちなみに手伝いで劇に出るのは今年は俺だけだ。海斗は歌の伴奏、見谷牧師は見守り、勇星に限っては「寝てたら起こしてくれ」なんてことをまだ言っている。

 それに合唱。勇星がレッスンしてくれたお陰で何とか曲中最高音の「ソ」を出すことはできるようになったが、毎回成功していた訳じゃない。それでも俺の心に不安はなかった。絶対に大丈夫──根拠はないけど、確信はあった。

「終わったらデートだろ。明日から冬休みだし、言っとくけど俺の頭の中はもう、正月に飲む酒のことしかねえよ」
「勇星って、緊張した経験ないのかな……」
 確かに勇星は人前でピアノを弾くこともあるから、それなりに度胸もあるのだろう。それは海斗も同じか。牧師は壇上で説教をするから当然人前に立つのは慣れている。
 俺も今日を成功させたら、少しは度胸というものが付くだろうか。

「……よし、そんじゃ行くか!」
 十二月半ばの朝、風が冷たくて頬が痛い。俺はマフラーを強く巻き直してコートの上から肩を抱きしめ、身を縮こまらせながら勇星の隣を歩いた。
「冬の匂いは好きな方だ」
 ファー付きのミリタリーコートにダークレッドのマフラー。ポケットに手を入れた勇星が歩くたび、ブーツの底が地面のコンクリートに当たって小気味良い音をたてる。冷たい風に吹かれながら口笛を吹く勇星の横顔からは、夏とはまた違う凛々しさが感じられた。

「みんな、メリークリスマス! 今日はみんなのご家族はもちろん、普段の日曜礼拝に来る信徒の人達に、婦人会の人達、その他大勢の皆さんと一緒に礼拝をするよ。見られてドキドキするかもしれないけれど、練習通りにやってくれれば大丈夫。先生達も付いてるから、張り切って頑張ろう!」
 見谷牧師の言葉に、それぞれの衣装を身に纏った子供達が「おー!」と拳をあげた。
 つばめ組の教室に集められた子供達の顔色は様々だ。高揚してジャンプする子もいれば明らかに緊張している子、普段と変わらずぼんやりしている子。ともあれ二十人全員が風邪をひくこともなく参加できて、本当に良かったと思う。
 海斗は着々と集まり始めた父兄や信徒の人達のために、早くからオルガン演奏をしている。会衆席も、臨時に用意したパイプ椅子も、その殆どが埋まっていた。座れない人は立ったままの参加となってしまうが、狭い礼拝室だから仕方ない。礼拝室にここまで人が集まるのは一年に一度、クリスマス礼拝の時だけなのだ。

「それじゃあ音弥、勇星。頼んだよ」
「は、はい……」
 見谷牧師が始まりの挨拶と祈りをするため、俺達よりも早く礼拝室に入って行った。クリスマス礼拝のプログラム一番こそがキリスト降誕劇だから、祈りが終わったらすぐにマリア役の早苗とガブリエル役のユリカを舞台上へ上がらせなければならない。
 羊の耳を付けた俺は子供達に向かってガッツポーズをし、言った。
「みんな、楽しんで頑張ろうな!」
「うん、頑張るよ!」「わたしも!」
「早苗、ユリカ。歌う時は胸を張れ。あと、笑顔だ。楽しい気持ちで歌えば声もデカくなる」
「わ、分かった!」
 小声で言い合って、俺達は礼拝室から聞こえる牧師の祈りに耳を澄ませた──。