聖夜の準備の劇と歌 -8-

 勇星が右手を海斗に向けた。
 海斗がピアノの前に座り、頷く。

 空気を掴んでいた勇星の右手が柔らかく開かれ、それを合図に伴奏が始まった。静かな夜に相応しい、羊を寝かしつけるような優しい伴奏だ。

「牧場に星がきらめき、メシアの印なりき」
 満天の星の中、一際目立つ大きな星。徐々に星の光が集まり、やがてそれが天使の姿を形成して行く。

「試練の旅路の果てに、救いの光灯りたもう」
 ずっと待っていたんだ。羊飼い達は突然現れた天使達に動揺し怯えながらも、心のどこかではきっと分かっていたに違いない。

 だって、ずっと待っていたんだ。雨の日も炎天下でも、羊の世話を第一優先にしていた羊飼い達。彼らは羊のお産の血で穢れているとさえ言われながら、世の中の何もかもから爪弾きにされながら、ただひたすら大切な羊を守り続けていた。
 神は、弱くて汚くて貧しい彼らにこそ、その福音を告げにきた。
 だからきっと、すっごく嬉しかったはずなんだ。

「夜明け待つベツレヘムに、約束の朝が来る」
 空を覆う黒雲が、勇星の指先によって一気に取り払われる。地平線の果てから昇る朝陽は、もう二度と沈むことのない光となって地上を照らすだろう。──これは天使の言葉。
 希望と確信に満ちた光が、それを聴いた羊飼い達の土に汚れた頬を照らしていた。

「今こそ!」
 そうだ、今こそ。
「御使いの歌 響けよ! ──地から、地へと」
 大天使ガブリエルが勇星の指揮に声を張り上げ、それに誘引される形で周りの天使達も一斉に歌う。夜空を舞い踊る天使達を見上げたのは、この日生まれた子羊の濡れた瞳だ。

「いざ歌え、今宵ともに──」
 羊飼い達は手に手を取り合い、何を言うでもなく自分達のすべきことを頷き合う。そして──

「いざ進め、かの星の元へ!」
 星空の下、彼らと、彼らの愛する羊たちは救いの御子の元へと力強く歩き出す。

 勇星の指先と海斗の伴奏が余韻を残すように宙を滑り、やがてまた空気を掴むようにして止まった。
「やった!」
 思わず小さく拍手してしまった俺の横で、見谷牧師が目頭を押さえながら「素晴らしい」と呟いた。
「まあまあだな」
 勇星が目を細めてフウと息を吐く。

「ど、どうだった? みんな、さっきより凄く上手だったけど、歌っててどう思った?」
 興奮する俺の言葉に応えてくれたのは、顔を真っ赤にさせた道介だ。
「ゆう先生の指揮、すごく気持ち良く歌えた」
 彼は亡くなった母親がピアニストだったこともあり、他の子供達よりは音楽に対する情熱が強い。道介も分かっているはずだ。勇星の指揮がどれほど歌う側に高揚感を持たせてくれるかを。
「僕も楽しかった」
「わたしも! いっぱい声出た」
 言葉にしてどう説明すれば良いのか分からなくても、きっと子供達は感じ取っている。一度目よりもずっと、歌い終えた子供達の頬は赤かった。

「うん、俺も何か掴んだかも。ゆう先生、終わったら後でピアノ見てよ」
 海斗も調子が良いらしい。このまま行けば、本番のクリスマス礼拝までには必ず最高の歌が完成するはずだ。時間はたっぷりある。これなら、劇と並行して練習しても大丈夫だろう。