潤歩、彼氏モード発動 -6-

 そしてとうとう、この時が来た。
「モデルさん入ります!」
 移動したのは俺達が寮として借りているマンション一階の一部屋で、中はベッドにデスク、テレビ冷蔵庫など、誰かが普通に住んでいるようなオーソドックスなセットになっていた。
 潤歩の部屋という設定だからか、壁にはお洒落なポスターが貼ってあり、ベッドカバーやカーテン、ラグなどもグレーで統一されている。既にACライトや長い棒に取り付けられたガンマイクなども用意されていて、いかにも「撮影現場です!」って雰囲気だった。
 一旦一人ずつシャワーを浴びて、さっきまで着ていた服をまた着て、後は開始を待つのみ。
 この部屋のセットも照明もマイクも潤歩という人気モデルも、全部が俺のデビュー作のために用意されたものなのだ。そう思うと、絶対に失敗できないという緊張感から足が震えてしまう。

「大丈夫、亜利馬くん。リラックスしてね。ちょっと髪いじるね」
 部屋の隅に立ち尽くしているとヘアメイク担当のお兄さんがやってきて、俺の髪をワックスと手櫛で整えてくれた。彼が首から下げているネームプレートには「ユージ」と名前が書かれてある。
「あの、ユージさん。……今日の撮影って、どのくらい時間かかるんですか」
「ん? どうだろう、山野さんに聞いた方が正確だと思うよ。聞いてきてあげようか?」
「い、いえ大丈夫です。後で聞いておきます」
 別に時間を知りたかったわけではない。単に彼と話がしたかっただけだ。これから世話になる「作る側」の人達と、少しでも早く打ち解けたかっただけだ。
 やっぱり「知らない人」に俺の裸を見られるのは恥ずかしい。早く彼らが「仕事仲間」であることを頭に植え付けないと……。
 どんなに編集が上手くても、どんなに良いジャケットを撮ってもらっても、結局その土台を作るのは「俺」なのだから。

「潤歩、ブレス預かっとくよ」
「無くすなよ、高かったんだからよ」
 アシスタントさんが持ってきたビニール製の袋に、潤歩が腕に付けていたアクセサリーを外して入れた。集音マイクが金属の擦れ合う音を拾ってしまうから、という理由らしい。
「準備はいいか、亜利馬」
 山野さんに肩を叩かれ、俺は一つ覚悟を決めて頷いてみせる。
「はい。大丈夫です」
「よし、それじゃあ位置についてくれ。潤歩も」
 流れとしてはベッドの上に潤歩と並んで座り、何度かキスをした後に俺が押し倒される。少しイチャついてから潤歩に服を脱がしてもらって、潤歩が服を脱いで、本番前の愛撫を受ける。基本、俺は寝ていればいいらしい。声は大きすぎても駄目だが、極力我慢するなとのこと。
 全ての段取りが予め決まっているのだ。
 今からやるのは「見てもらうためのセックス」。潤歩が性欲を発散させるためのものではなく、俺が処女を散らすことに複雑な思いを馳せるものでもない。俺のことを全く知らない人が抜けるか抜けないか、それが全てだ。

「カメラ回りました!」
 デート時の小さいものではなく、ENGと呼ばれるデカい撮影用のカメラが俺達の正面から向けられる。
「スタート!」
 合図の声が響き、公園の時のように潤歩が俺の肩へ手を回した。
「好きだぞ、亜利馬」
「……お、俺も」
 この撮影一回限りの恋人設定。このシーンにおける決まった台詞はそれだけで、後は……しばらく潤歩に身を委ねるしかない。
「ん、……」
 弾くような、啄むようなキスを五、六回繰り返した後で、潤歩がそっと俺の肩を押してベッドに寝かせた。かつてないほど心臓が高鳴っている。潤歩越しにカメラのレンズが見えるが、視線は絶対向けてはならない──どうせなら目を閉じてしまいたかった。
 潤歩が俺の首筋にキスをしながら、シャツの中へと手を入れてきた。やっぱりその体温は高く、触れられた部分だけが妙に熱い。
 緊張するし未知のものに対する恐怖もあるけど、大丈夫。プロの潤歩に任せていればいいんだ。下手な演技をする必要はなく、俺は素直な反応をしてみせればいい。緊張からくるぎこちなさや、恥ずかしがっている様子を自然に見せられるのが新人モデルというものなのだ。
「ちょ、おわぁっ!」
 そう。例え潤歩の指が俺の乳首に触れて変な声が出てしまったとしても──それが俺の自然な反応。無理して品よく声を出すことなんて、考えなくていい。
「……おい、もっと品の良い声出せよ。笑っちまうだろうが」
「………」
 耳元に囁かれ、俺は無表情で天井を見つめた。