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 静かな朝の海。

 オレンジとブルーに彩られた幻想的な空が目前に広がっている。

 俺達は朝焼けに包まれながら身を寄せ合い、波の音に耳を澄ましていた。

 果てしない水平線の彼方に、様々なことを想像する。

 この先に繋がっている零の家のこととか、それより先にある外国のこととか、もっと遠くの南半球の人達の暮らしとか。

 俺にはとうてい分からないことばかりだけど、空は巨大なスクリーンとなって、精一杯の俺の想像をおぼろげに映し出してくれていた。

「綺麗だな」

 翔宇が呟き、俺も頷く。

 太陽、空、海。それは言葉では言い尽くせない程の奇跡的な神々しさ。この時間だけに許されている、究極の自然美。

 俺の膝の上、握っているのは砂と潮風で少しだけべたついている翔宇の手。

 涙目になった翔宇と、それを見て幸せを噛み締める俺。触れた唇からは煙草の香りがした。

 翔宇が俺の手首にキスをして、照れ臭そうに白状する。

「希望の詩が音になって、どこまでも響いていくんだ」

「……何それ。詩音の名前の由来?」

「そうだぞ」

「ふうん。俺の流星は、流れる星が宇宙を翔けるって意味だけどな」

「お前それ今考えただろ。流れたり翔けたり……」

 いつの間にかオレンジとブルーの時間は終わり、俺達の頭上で太陽が照り出していた。二人の肩を温めてくれる優しい陽射し。ゆらゆらと白く光る海面は、俺達の瞳を力強く輝かせる。

 そして、空──。

 見上げた真っ青な空には、俺達の未来が映し出されている。少し前まで諦めと不安に縛られていた俺の未来。それが今、こんなにも青く輝いているなんて。

「次の仕事、何にするかなぁ。響希はもう探してんだっけ?」

「取り敢えず、明後日が面接」

「マジかよ、早過ぎだろ。ていうか俺、仕事変わったら太りそうで怖いんだけど」

「それなら休み合わせて一緒にジム行こうぜ」

「ん。でも、次は響希と別々の仕事かぁ……。不安だな」

 水平線の向こうから昇る太陽を見つめ、眩しそうに手をかざす翔宇。

「まだ受かるか分かんねえよ。意外と翔宇の方が早く決まったりして」

「そんじゃ、どっちが早く決まるか賭けようか?」

 俺の手を離した翔宇が立ち上がり、すぐそこの波打ち際まで歩いて行った。

「負けた方が、そうだな……一つだけ自分の秘密を暴露する」

「いいよ。でも明後日まで待ってらんねえからもっと簡単な賭けにしてくれ。翔宇の秘密、今すぐ知りたい」

「お前もう勝った気でいるな。……うーん、それじゃあ」

 翔宇がその場でしゃがみ込み、歪な形の流木を拾い上げた。

「こいつを投げて、五分以内にまた戻ってくるかどうかを賭ける。響希が勝ったら俺の秘密教えてやるよ。店での恥ずかしい失敗とか、こう見えて色々あったんだぜ」

「戻ってくる」

「お。それじゃ俺は、戻ってこない」

 勢いよく、海に向かって翔宇が流木を投げる。遠くの海面で小さな飛沫が上がり、流木の行方は一瞬にして分からなくなった。

「五分はさすがに無理だろ。響希、どんな秘密を言うかちゃんと決めておけよ」

「………」

 俺は膝を抱え、波打ち際で無邪気に海水を蹴っている翔宇を見つめた。

 翔宇に打ち明けるべきこと。今さら、あるだろうか?

「響希もこっち来いよ!」

「ん。今行く……」

 立ち上がりかけた、その瞬間──。

「あ」

 翔宇の背後で打ち寄せる波の音に気付き、俺は思わず目を閉じる。

 波がさざめくその音はまるで、何万発もの花火が一斉に弾けているかのようだった。

「………」

 閉じた瞼の内側に浮かび上がるのは、いつもあの夜のワンシーンだ。

 真っ黒の夜空に次々と咲き乱れては消える大輪の花。

 目を輝かせて空を見上げている翔宇。

 その隣には、俺。

「響希、早くー」

 目を開けると、そこには青空の下で笑っている翔宇がいた。

 いつだって俺の隣には翔宇がいた。

 そうだ。

 五分経ったら翔宇に伝えよう。

 あの夜、わざと花火にかぶせた俺の最初の拙い言葉を、今度こそ彼に伝えよう──。

 

 夜かかる魔法について・終