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「遅いな、何やってんだあいつ……」

 呟くと、友哉がそれに反応して鏡に向けていた視線を俺の方へ移動させた。

「もしかして詩音さんのことすか? 俺が来た時、外で店長と話してましたよ」

「え?」

「なんか怖い顔してたんで、黙って通り過ぎたっすけど」

「………」

 俺はパイプ椅子から腰を上げ、スタッフルームのドアを開けて外へ出た。

 地下一階から階段を上り、地上に出る。七月の暑い陽射しの中、そこには確かに翔宇と店長の姿があった。

「あ、流星。お疲れ」

 店長が俺に気付いて手を上げる。

「店長、お疲れ様です」

 翔宇は一瞬だけ俺を横目で見たが、すぐに店長に顔を戻して言った。

「お願いします。なんとかならないですかね」

「うーん、難しいよなぁ。どうしようか……」

「だってこれって、俺のせいじゃないですよね?」

「どうしたんだ?」

 訊ねると、翔宇が靴底で地面を擦りながら唇を尖らせた。

「俺、明後日休み希望出してたのに、間違って中川さんからの予約が入っちゃったんだ」

 明後日……七月七日だ。金曜日だったのか。

 店長は心底申し訳なさそうな顔をして両手を合わせ、翔宇を拝むように言った。

「確かに詩音のせいじゃないよ。でも中川さんは詩音の常連だし、毎週予約してくれてて店にとっても大事なお客様だからさ。なんとか予定あけてあげてくれないかな」

「だってよ……」

 翔宇は駄々をこねる子どもみたいに俯いて体を揺らしている。

「店長。とりあえずここだと人目もあるから、店の中で話した方がいいんじゃないですか?」

「そうだね。詩音、おいで」

「………」

 地下へ続く階段を下りて行く二人が見えなくなったところで、俺は頭上に広がった真っ青な空を見上げた。

 翔宇、花火大会楽しみにしてたんだもんな。

 店長だって、本当は行かせてやりたいと思っているに違いない。だけど中川啓太の詩音への入れ込み具合を知っているからこそ、頭を下げてまで翔宇に折れてもらいたがっているのだろう。客からしてみれば、予約を店からキャンセルされたらそりゃあ良い気はしない。これで万が一詩音が切られたら、それはそのまま店の痛手になる。

 良いことばかりじゃない。本当にその通りなんだ。

「すまない、詩音。本当に、この埋め合わせは必ずするから」

 スタッフルームに戻ると、奥田さんと店長が二人で翔宇に頭を下げていた。友哉はさすがに空気を読んで、待機室に移動したらしい。

 当の翔宇はパイプ椅子に座ってむくれながら、皮肉交じりに俺に問いかけてきた。

「どう思う? 流星。この場合って、俺行くべき?」

 翔宇の言い分も、店側の言い分も分かる。どうにか両者を納得させる解決方法はないだろうかと思案しながら、俺は店長に向かって言った。

「時間によっては行けるかもしれないですよ。何時からの予約なんですか?」

 奥田さんがすぐにパソコンで顧客画面を開く。

「えっと、午後八時から午前一時の五時間だよ」

 八時だと、丁度花火大会のど真ん中だ。