#23

 公園を出た俺は足早にアパートを目指し、階段を上がりながら部屋の鍵をポケットから取り出した。

 十一時半。

 だいぶ公園で時間を潰したが、恐らく大和はまだ帰って来ていないだろう。

 が──。

「よう、お帰り」

「えっ……?」

 一瞬、目を疑った。アパートの外階段を上がり切ったところに、どういうわけか白鷹がいたのだ。ドアにもたれて座り込み、ビールの空き缶を灰皿代わりにして、眠そうな目で俺を見上げている。

「な、なんで……大和は?」

「大和は、部屋ん中で爆睡中。俺は入れてもらえなかった。酷くねえか」

「ここで何してるんですか」

「チカを待ってた」

「………」

 手招きされ、俺は黙って白鷹の方へ近付いて行った。

「まあ、座れよ」

「汚れるから嫌です」

「じゃ、俺が立つわ」

 よろよろと立ち上がる白鷹の顔は、暗がりでも分かるほど赤くなっている。地面に転がる空き缶の数から、相当酔っているらしいことは一目瞭然だ。

「人んちの前で、なんでそんなに飲んでるんですか」

「素面じゃ言えねえこともあるんだよ。察しろよ」

 癖の強い黒髪を掻き毟りながら、白鷹が俺を見て小さく笑う。

「大和から聞いた。お前、色々と悩んでるって?」

「………」

「悩むのは良いことだ。で、答えは出たのか?」

 俺は強く頷き、言った。

「俺はこれからも大和の夢を支えます。何があっても、この気持ちは変わりません」

「へえ。偉いモンだな」

「ついでに──」

「うん?」

 煙草を咥えた白鷹の口元へ、点火したライターを近付ける。

「ついでに、白鷹さんにも感謝します」

「自分をレイプした男に感謝できんのか」

 はん、と鼻で嗤って、白鷹が煙を吐き出した。

「できます。それがあって俺は、この先も大和に付いて行くって決心できたんですから」

「うん? よく分かんねえな……。じゃあ俺に抱かれて良かったってことか?」

「良かったですよ」

 俺は飛び切りの笑顔を浮かべ、言った。

「セックスは白鷹さんより、大和の方が上手いってことも分かったし」

「………」

 一瞬唖然となった白鷹の顔に、やがて弱々しい笑みが浮かんだ。両手をあげてお手上げのポーズを取った白鷹が、「負けたわ」と溜息をつく。

「お前にそんなこと言われると思ってなかった。ムカつくから、帰る」

「大丈夫ですか? うち、泊まってけば──」

「これからデートの約束してんの。こんなんじゃ運転できねえよ、ったく……」

 散らかした空き缶をそのままに、文句を言いながら白鷹が俺の横を通り過ぎて行く。俺はその背中を振り返り、数瞬迷ってから言った。

「白鷹さん」

「うん?」

「大和との夢、本当に俺に託してもらっていいんですか」

「………」

 こちらを振り返らずに、白鷹が言う。

「何の話か分かんねえよ。俺は今の仕事に満足してっから、わざわざ危ねえ橋渡るつもりなんかねえけど」

「Gヘルのスタッフに聞いたんです。本当は俺よりも前からずっと……白鷹さんが大和と店を持ちたいって、言ってたって……」

「スタッフの話なんか大抵は盛ってるんだからよ、真に受ける方がアホだぜ」

「でも」

 振り向いた白鷹は、今まで見たことのないほど優しい笑みを浮かべていた。

「俺と大和は終わったんだ。これからは、まだ終わってねえお前らが頑張るべきだと思うけど?」

「………」

「そうか。友哉が出勤してるの、すっかり忘れてた。あいつマジ口軽くてムカつく。お前を行かせるんじゃなかったわ……」

 頭をかいて項垂れる白鷹に、俺はどうしても聞いておきたかった質問をぶつけた。

「白鷹さんは……何の理由があって、大和と別れたんですか」

「そんなの決まってるだろ。俺の浮気しかねえじゃん」

 当然のように言われて、思わず噴き出してしまった。白鷹も自分の発言に呆れて笑っている。

「愛人と恋人は別物っていう、俺のポリシーを理解してくれなかったんだな、大和は。男に生まれたからには、一人でも多く抱きたいだろ? って、ネコのチカちゃんに言っても分かんねえか」

「まぁ、……分かんないです。俺は一人で充分なんで」

「それもまた一つの考え。言ったからには、大和を大事にしろよ。……それから、大和のアホに伝えといてくれ。お前が今まで俺に返してた金は、手付かずで保管してあるってな」

「え……」

「金なんかより誠意を見せろって。そう言っとけよ」

「………」

「……そんじゃもう行くわ。待たせるとうるせえガキが待ってるからさ」

 再び踵を返した白鷹に、俺は深く頭を下げて言った。

「ありがとうございました」

「よせよ。感謝されることなんてした覚えはねえ」