#3

 これまでもちょくちょくそんな話はしていた。子供が「将来何屋さんになるか」を語るみたいに、冗談ぽく、或いは酔っ払いながら。

「店のデザインも仕入れる物も、全部二人で考えてさ。今でもお前がデザインしてるライター売れてるし、他にもお前のイラストを商品化したって良いと思ってる。店内の壁にもチカが絵描いてさ、看板とかもかっこいいの描いてくれよ」

「なんだよそれ、俺ばっか働いてるじゃん」

「だって俺、絵下手だもん」

「俺だって売り物にするほど上手いって訳でもないだろ」

「いや、チカの絵は魅力的だよ。俺は素人だけど、なんかこう、心にクるモンがあるってのは分かる。白骨とか、難しいのもサラサラ描けるじゃん」

「白骨ってお前。ドクロとかスカルって言えよ」

「何でもいいけど、真面目に考えといてくれよな。じゃあ俺、五分休憩行ってくる」

 大和がレジ奥のスタッフルームに引っ込んだのを見届けてから、俺は溜息をついた。

 自分達の店を持つなんて、夢物語だ。「こうなったら良いな」とは思うけど、実際やるとなったらどれほどのリスクを背負うことになるのか想像もつかない。借金だってしなきゃならないし、それで成功しなかったら目もあてられないじゃないか。

 雑貨なんて、服や食料品とは違ってどうしても生活に必要って物じゃないのだから、よほどのことがない限り成功なんて掴めないだろうと思う。

「………」

 それに、大和のこの話は今に始まったことじゃない。付き合い始めた頃から、大和は酔う度に何度もこの「俺達の将来計画」を口にしていた。もう四年も前からだ。

 結局のところ、大和自身もそれが容易に叶う夢ではないと理解している。口に出して語ることで自らを奮い立たせ、日々のモチベーションを上げているだけなのだ。

「チカちゃん。スタッフルームのチョコ俺いま半分食ったから、あと半分ちゃんと食えよ」

「嘘つくなって」

「いや本当。こっち来て見てみ」

「うるさい、仕事中。ていうか、二分も経ってないのに半分なんて食える訳ねえじゃん」

 スタッフルームから顔だけ出していた大和が舌打ちをし、「騙されなかったか」と呟きながら戻って行った。

 大和はよく嘘をつくけど、一発で嘘と見抜ける嘘しかつかない。即ちそれは「相手を笑わせるための嘘」なのだ。人によっては絡みにくくて面倒臭いと感じるだろうけど、俺は大和のこのノリが嫌いじゃない。

「……ん」

 ちっとも売れない顔文字系フィギュアの棚を拭いていると、ふと視線の先に影ができたのに気付いた。店員の背後に黙って立つ客なんていない。俺は一瞬の間に覚悟を決めてから振り返り、背後で立っていた男に軽い会釈をして言った。

「お疲れ様です、白鷹しらたかさん」

「お疲れ。……あれ、政迩? お前、九条くじょう政迩だよな。前と顔が違う」

「顔は同じです。髪型が変わったんですよ、色も少し暗くしたし」

「ああそっか。前は金髪で肩くらいまであって、女っぽかったもんな。いいじゃん今の、外ハネショート似合ってるぞ」

「どうもです。白鷹さん、今日は『Gヘル』の方は休みですか?」

「いンや」

 身長一七五センチの俺を軽く見下ろすことのできる男、西野白鷹。大和の昔からの知り合いで、この店のオーナーでもある。ラフなTシャツを着ていても胸の筋肉が盛り上がっているのが分かるほど鍛え抜かれた体は、同じ男として羨ましい。貫禄もあるし、祖父がスペイン人だから顔も相当に整っている。

 近寄りがたい外見で一緒に立っていると緊張してしまうが、面倒見が良くてスタッフからも好かれている白鷹は、俺にとって「理想の大人」だった。

「あまりに暇だから、ちょっと様子見に来たんだ。ところで、あのアホはどこ行った?」

「今ちょうど休憩で──」

「あっ」

 言いかけたその時、スタッフルームから大和が出てきた。

「白鷹くん、お疲れ。どうしたんですか、チョコでも貰いにきた?」

「くれるなら貰うけどよ。ていうか大和、ディスプレイいじり過ぎじゃねえか? 前みたいにゴチャゴチャ飾ってた方が、店の色に合ってるんじゃねえの」

 白鷹が腕組みをして、レジ横の壁から天井にかけて視線を滑らせる。

「そうなんですけど、二月はやたらめったら飾るより、Tシャツとかは一点一点をちゃんと見せた方が良いと思ったんですよ。その方が購買率も上がるかなって」

「進捗、いくつだ?」

「昨日までで45%かな」

「50行ってねえのか? 二月は二十八日までしかねえんだから、この辺で気合入れてくんなきゃ嫌だぜ」

〝進捗率〟とは、毎月の決められた売上予算の金額に対して、今現在どのくらい達成しているかを示す数字だ。月の最終日に100%、もしくはそれ以上になれば、その月の予算は達成したということになる。

「来週から駅前でイベントやるじゃないですか。そしたら、コッチの通りにもある程度は人が流れてくると思うんで」

「だったら、もっと店の個性出して目立たせねえと。人が多くても素通りされちまったら意味ねえだろ」

「確かに。じゃあ店頭に出す商品、後で相談乗ってもらっていいですか」

 仕事の話に俺は入れないから、仕方なく掃除の続きを始めることにした。能天気な大和だけど、白鷹と仕事の話をする時は普段よりずっと凛々しい顔になる。その顔も俺は好きだった。