狼も犬も蚊帳の外! -4-

 当然、そんな願いが紫狼しろう様に届くはずもなく。結局プログラム通りに午後一時、年中、年長組を交えた「鬼ごっこ大会」が始まってしまった。
 ルールとしては白線で描かれた二つの陣地をそれぞれ選ばれた十人の子供達が逃げ回り、制限時間の五分以内に一人でも鬼から逃げ切ればひとまずは子供達の勝ちとなる。その上で、二つの陣地のうち子供達の残った人数が多い方が勝利。逆に一人残らず子供達を捕まえれば鬼の勝ちだ。


 加減は勿論するとして、適当に追い回していれば五分などあっという間に過ぎる──夕凪は実行委員から渡された赤い鉢巻を頭につけ、その場で軽く屈伸運動をした。
「怪我だけはさせないようにな」
 嵐雪に言われて頷いた時、背後に立っていた夜霧が二人を呼んだ。
「嵐雪、夕凪」
「はい」
 振り向いて見た夜霧の顔には不敵な笑みが浮かんでいる。
「楽しみにしているぞ。矢代家の世話役として無様な姿は晒すなよ」
「しょ、承知しました!」
「お任せ下さい、夜霧様」
 青い鉢巻をつけた嵐雪が背筋を正し、条件反射で夕凪も頭を垂れる。二人とも今この瞬間、手加減無しの本気スイッチを入れざるを得なくなった。


「それでは鬼ごっこに参加するみんなは、集まってくださーい」
 わああ、と園児達が陣地に入ってくる。
「夕凪」
 向こうの陣地から嵐雪が言った。
「これは俺とお前の勝負でもある。負けた方が何でも一つ、言うことを聞くんだぞ」
「……勝手な奴だ」
「それでは鬼ごっこ、始め!」
 笛が鳴り、夕凪が一歩前へ出ようとした──その瞬間。
「あかつき兄ちゃんの付き人だ!」
 園児の内の一人が夕凪を指して言った。その目はきらきらと輝いている。


「知ってる。いつも黒い服着てる人だ!」
 更に別の園児が叫んだ。
「やくざのアニキだ!」「いれずみ見せて!」「鉄砲見せて!」
「な、何を……」
 無垢な瞳を輝かせた子供達が逆に夕凪の方へと駆け寄って来る。予想もしていなかった事態に思わず後ずさった夕凪だが、好奇心旺盛な子供達の突進は止まらない。

「あはは。夕凪、大人気だね」
 朱月の笑い声に気を取られた夕凪の体へ、子供達が体当たりをする。一人の子供が夕凪の腰に掴まり、更に別の子供に背後からよじ登られ、腕にしがみつかれ、あっという間に身動きの取れない状態となってしまった。
「か、勘弁してくれ……!」
 そのままずるずると移動し、一人ずつ子供を引き剥がして陣地の外へと下ろす夕凪。実行委員の若い衆が「いち、にい、さん、……」と夕凪が「捕まえた」子供の人数を数えている。
 何とか六人を捕まえることができた。陣地に残った四人の子供達は純粋に鬼ごっこを楽しみたいらしく、夕凪から距離を取ってはしゃいでいる。


「………」
「やめろ、こら! 登るんじゃねえ!」
 横目で見ると、嵐雪も同じような目に遭っていた。だが──
「お前ら、ちゃんと逃げろって。言うこと聞かねえ奴は尻ぺんぺんだぞ」
「えー、暴力反対!」
「反対反対!」
「よぎり様に言いつけるからな!」
「きっ、汚ねえぞお前ら……!」
 まだ自分の方がましだったかもしれない。夕凪は心の中で嵐雪に同情し、四人の子供達に向き直った。


「さて、誰から捕まえましょうか」
「うわあっ、逃げろー!」
 無表情で追いかけてくる夕凪を見て、子供達は半ば本気で怖がっている。
「や、やれるもんならつかまえてみろー!」
「分かりました」
 大人げないと分かっているが、まずは年長の一番活発な男児に狙いをつけた。幹部候補生だった頃に兄貴分から嫌というほど聞かされたあの台詞が、今の夕凪の頭の中で繰り返される。
 ──いいか夕凪。多対一の時は、まず相手側のアタマを潰せ。他には目をくれなくていい。アタマさえ徹底的にやっちまえば、兵隊の士気は下がるからな。


 怖がる年下の子達に指示を出す男児が、夕凪を睨んで言った。
「みんな、固まったらダメだよ! 散らばって逃げるんだ!」
「なるほど、その年齢にしては戦略というものをよく分かってらっしゃるようです。……ですが今の俺にとってはそれこそが好都合。残念ですが、くぐってきた修羅場の数では負けません」

 来賓席で、朱月が夜霧に言った。
「夕凪、なんかぶつぶつ独り言言ってない?」
「放っておけ。それよりも嵐雪の方が見ものだぞ」