獅琉、スイッチオン -3-

「取り敢えず『視覚』から慣れようか」
 獅琉が優しく笑ってバスローブの紐をほどいた。まさか、……まさかその下は全裸なのでは。
「だ、駄目ですっ! どうせまた鼻血出ます!」
「出たら拭いてあげるよ。潤歩がね」
「俺はこいつの鼻血係じゃねえぞ」
 嫌そうに笑う潤歩の腕が、俺の胸の前で交差する。ブレスレットが音をたててぶつかり合う。潤歩の息使いが耳に届き、本人は気にせず発している低い声が俺の鼓膜を震わせる。至近距離で聞くと、潤歩もなかなかのエロボイスだ。

「亜利馬。お前自分で頑張るって言ったんだからよ。少しは学習しろよ。俺達の手を煩わせんな」
「は、はいっ……」
「鼻血が抑えられるようになったら、褒美に俺がイイコトしてやるよ。ちょっとだけな」
 ──その声でそういうこと囁くのやめてくれ!
 よっこいせ、とあぐらをかいた潤歩が俺の尻を自分の足の上に乗せる。後ろから抱っこされている状態だと思うと早くも息が荒くなってきた。なるべく悟られないように鼻呼吸を繰り返し、俺は俺で覚悟を決めた。

 訓練。これは訓練なんだ。獅琉と潤歩が新人の俺のためにやってくれていることなんだ。

「いつでもいいぞ、獅琉」
「はいっ!」
 バサァッ! ──と、獅琉が着ていたバスローブをその場に脱ぎ捨てる。ブラックカラーの柔らか素材が獅琉の足元でただの塊となり、俺はその足首を見つめたまま息を止めた。
 綺麗な足の指。手入れしているのか、小指の爪まで光っている。
 しっかりとした脛。しなやかな太腿、……

「………」
「おい。目、逸らすなよ」
 どうしてこんなにドキドキしてしまうんだろう。他人のそれなんて学生時代にも普通に見てきたし、何より自分自身だって程度は違えど同じモノを持っているというのに。
「う、……」
 視界に入ってはいるけど真正面から捉えることができない。俺は獅琉のそこからほんの少しだけ視点をずらし、脚の付け根辺りを凝視していた。
「亜利馬、凄い目が泳いでるよ。頑張って」
「しっかり見ろ、馬鹿野郎」

 うーん、と獅琉が唸って顎に手をあてる。
「もしかしたら俺だけ脱いでるっていう、非日常感がいけないのかもね。亜利馬、銭湯とか行って他人の裸見ても別に大丈夫でしょ?」
「そ、それはまあ……と言うよりも、そもそも普段は男の裸にこんな反応しませんって」
 弱々しく呟いた俺の背後で潤歩が言った。
「じゃあお前、獅琉に特別反応してるってことか。ていうか言っとくけど、相手が獅琉だろうと男の裸見て鼻血出した時点で、もうお前ノンケじゃねえからな」
「えっ?」
「俺もちょっとおかしいと思った。話聞く限り、亜利馬って女の子にも特別興味持ってる感じしないし。気付いてないだけでコッチの素質もあったんじゃない?」

 考えてもみなかった、そんなの。
 周りに女の子がいないからあまり女性を意識したことがないだけだと思っていた。でもよくよく思い出せば、男子校といえど紹介や合コンや学園祭で女子と接する機会はいくらでもあったはずなのだ。実際、クラスのイケメン達は彼女がいたし。

「………」
「亜利馬、大丈夫?」
 嫌悪感はない。目の前で全裸になっている獅琉に対しても、後ろから密着状態で俺を抱っこしている潤歩に対しても。
「獅琉さん、俺……、っ……!」
 俯いていた顔を上げたその時、もろに獅琉のそれを直視してしまった。瞬時にして顔が真っ赤になり、ヤカンが沸騰した時の音が脳内で鳴り響く。
「も、もういいですから! 服、着てくださいっ」