狼も犬も蚊帳の外! -2-

 それより、と、嵐雪が夕凪のネクタイを軽く摘む。
「夜霧様が仮眠中だ。俺も久しぶりに楽しみたいんだけど」
「………」
「何だよその顔。お前だって最近は暇してるんだろ? 仕事で発散できない分、ストレスとかいろんなモンが溜まってんじゃねえの」
「俺が暇と言うなら、それだけ朱月様が立派になられたということだ。何をストレスに感じる必要がある」
「口実は何でもいいって。取り敢えず貴重な自由時間を、俺の為に使ってくれよ」


 夕凪は小さく息をついて嵐雪の手を掴み、ネクタイから離した。
 矢代家の頭首とその嫁に仕える身の夕凪達は、矢代会の他の幹部達に比べ、日々の生活において様々な制限がかけられている。
 食事に費やす時間や、起床・就寝時間は勿論のことだが、中でも普通の幹部達と違うのは「恋人・伴侶を作ってはならない」という規則だ。

 大事な物ができると主への忠誠が薄れる。自分達は何を置いても主を優先しなければならないのだ。世話役には「二択」も「葛藤」も不必要であり、主とそれ以外の者とを天秤にかけることなどあってはならないこととされている。
 恋人や伴侶がいないとなれば、生理現象としての性欲処理は必然的に「自分で行なう」、または「それを理解している者同士で行なう」のどちらかとなる。丑が原村は勿論、村の隣にある|笹上《ささがみ》町にも歓楽街や風俗店といったものはない。──例えあったとしても、そんな場所へ行く時間がそもそもないのだが。

 嵐雪にとっては夕凪こそが性欲処理の絶好の相手だった。感情のない機械のような夕凪は始めこそ面倒臭そうな顔をするが、事が始まれば淡々と嵐雪の欲に応えてくれる。後腐れもなければ恋愛感情も芽生えず、無駄口も叩かず、秘密は秘密として留めてくれる。三男・斗箴の世話役である春雷が相手では、こうはいかない。
 自由時間を俺に使ってくれ──嵐雪のこんな頼みを受け入れてくれるのは、夕凪だけだった。

 当然、屋敷内には世話役それぞれの部屋がある。八畳の和室には家具と呼べる物が殆どなく、夕凪達にとっては寝て起きるだけの部屋だった。
「ん、……」
 嵐雪の長い指が夕凪の頬を捕らえ、強く引き寄せられる。絡む舌は既に熱く濡れ、スーツ越しに触れ合う体も既に期待の火が点いていた。
「時間ねえ、早く」
 嵐雪に強請ねだられるまま、もつれ合うように布団へ倒れ込む。唇を合わせながら嵐雪のネクタイを外し、乱暴な手付きでシャツのボタンを外してゆく夕凪。嵐雪が荒々しい行為を好むと知っているから、頼まれなくとも自然と貪るようなやり方になってしまう。


「お前は脱がなくていい、そのままやってくれ」
「………」
 自分と嵐雪との間には情愛などない。特別な感情があるとすれば、それは主に忠誠を誓ったという「同志の心」、または矢代家世話役としての「絆」だ。
「ああ、……すげえ、堪んねえ」
 嵐雪の濡れた吐息と声とが、夕凪の耳を湿らせる。下ろしたファスナーの中に嵐雪の手が入ってきた瞬間、夕凪の眉が僅かに反応した。
「夕凪、早く……」
「がっつくな。やりづらい」
 剥き出しになった嵐雪の太腿を支え、広げる。
「んっ、あ──」
「っ……」
 何度も、何度も、馴染んだ嵐雪の中へと腰を打ち付ける。その度、夕凪の額から飛んだ汗が嵐雪の胸元へと落ちた。逞しい体を反り返らせて夕凪のそれを味わう男は、普段誰にも見せない恍惚とした表情を浮かべている。恋愛感情など持っていないはずだが、夕凪はその顔を見るのが好きだった。


「ああっ、あ……。夕凪っ、……!」
 背広を掴む嵐雪の手を握り、軽く唇を押し付ける。
「夕凪っ、ゆう、な、ぎ……!」
 何度も自分の名前を呼ぶのは、絶頂を間近にした時の嵐雪の癖だ。夕凪は広げた脚の間で屹立している嵐雪のそれを握り、貫くと同時に射精の手助けをしてやった。
「うあぁっ、……もう、イ──」
「……嵐雪、……」
 瞬間、嵐雪の白い肌がじわりと熱くなる。中で締め付ける力が強まり、それに促されるまま夕凪もまた嵐雪の中で達した。