第3話 クラブ「COSMIC TUNE」 -6-

「じゃあ行ってくる。煌夜、どこに居てもいいけど三階のVIPフロアはお前一人じゃ入れないから、それだけ気をつけてくれ」
「分かりました」
「悪いな」


 理人が走って行ってから暫くして、フロア内がふっと暗くなった。停電かと思ったのは一瞬で、すぐにあちこちで強力なフラッシュライトが空間を旋回し始めた。午後九時、オープン時間になったのだ。
 それと同時に、心臓の鼓動にも似た重低音のビートが床から足に伝わってきた。慣れない感覚に足元がふらつく。まるで舗装されていないでこぼこ道に立っているみたいだ。

「っ……!」
 耳をつんざくような音楽が突然鳴り始め、一瞬俺は音に心臓をもぎ取られたかのような気分になった。
 どこか座れる場所に。

 そうこうしているうちに入口ゲートから大勢の客がなだれ込んで来た。その後はもう、何が何やら分からない、男女入り乱れての一夜の宴。DJブースの前を陣取る集団、スピーカーの前で狂ったように体を揺らしている集団……。
 フラッシュライトが激しく交差する近未来的空間。爆音の音楽と人々の叫び声が一緒くたになり、あっという間に自分がどこに存在しているのかも分からなくなる。
 目を閉じればそこはまるで宇宙空間なのに、目を開けるとそこは深い海の底だ。互いの顔もはっきりと見えないような暗がりと異様な熱気の中で踊っている彼らは、深海でひしめき合う奇妙な魚を思わせた。
 ……やっぱり、俺には溶け込めない。

 とにかく立っているのが嫌で、俺はポケットから煙草を取り出しながらソファの方へ向かった。幸い席は空いている。
 腰を下ろして吐いた溜息は、すぐに音楽と熱気にかき消された。
 ふと、フロアの隅の方で俺同様、場の空気に溶け込めていない男が立っているのに気付いた。見た目はいかにもこういうノリが好きそうな格好だけど、周りの誰とも絡んでいない。ぽつんとただ独りで立っているだけだ。

「……ああ、そうか……」
 曲と曲の繋ぎ目で音が跳ねた瞬間、その男は消えていた。そうして、理人が俺を呼んだ理由を思い出す。
 人が集まる場所には死者も集まりやすいと言うが、見たところ負の念はどこからも感じられない。フロアのあちこちで体を揺らしている集団の中には人ならざる者も幾つか混じっていたけれど、どうやら純粋にこの空気を楽しんでいるだけみたいだ。

 一階は問題なし。なら、二階に移動してみるか。
 煙草を咥えたまま階段を上がって二階へ行くと、そこは一階とはまた違った雰囲気になっていた。騒がしいだけの一階よりも幾らか落ち着いていて、ソファの数も多い。
 だけど客の年齢層が高いせいか、若者中心の一階よりも若干腹黒さを感じさせる念がノイズのように散らばっている気がした。
 それでもこれといって問題はない。我ながら少々手抜きな感じもするけれど、俺の任務は完了だ。