亜利馬、初めての撮影でヤバいことになる -2-

 山野さんの話が終わってからしばし時間があるということで、俺は獅琉に「レーベル」についての質問をした。
「簡単に言うと、ジャンル分けしてるってことだよ。インヘルコーポレーションでは、『メインレーベル』と、『インヘルボーイズ』、『メンズインヘル』、『インヘルスィート』の四つのレーベルがあるってわけ」
 メインは普通のモデルが行なう比較的オーソドックスで一番人気のあるもの。『ボーイズ』は二十歳未満とか童顔のモデルが学生服などを着て行なうもの。『メンズ』は少しマニア向けで内容もハードなものが多い。『スィート』は男の娘やニューハーフものだそうだ。

「大雅もやってるけど、亜利馬も『ボーイズ』でもいけそうだね。制服似合いそうだし」
「うーん、なるほど。確かに、スィートとメンズ以外なら……」
「ていうか、話聞いてるだけで鼻血出してたけど大丈夫なのかい?」
 ふいに頭をぽんと叩かれて見上げると、咥え煙草の竜介が俺の横で笑っていた。
「撮影現場で流血はまずいぞ」
「だよねー。慣れれば大丈夫だと思うけど……。今日これからの撮影はオナニーだから、まだましかな?」
「あ、あの。それって当然、自分でしてる所をカメラで撮られるってことですよね? ちゃんとできるかな……」
「大丈夫だよ。指示通りにやればすぐ終わるから」
「ほ、本当ですか……? ていうか、ちゃんとその、……勃つモンなんですか?」
 縋るような目で獅琉と竜介を見つめると、向かい側のテーブルで雑誌を読んでいた潤歩が鼻で嗤って言った。
「情けねえこと言ってねえで、プロならどんな状況でも勃たせろよ」
「そんなこと言ったって……」
 竜介の大きな手が俺の頭をぐりぐりと撫でる。
「懐かしいね。俺にもオナニーで戸惑う時期があったっけ」
「竜介はオナニーから入ったんじゃなくて、スカウト当日に車内で即尺されたんでしょ」
「ああ、そうだった。確かあの時は──」
「ストップ。亜利馬がまた鼻血出ちゃうから、その話は後でね、竜介」
 気を遣わせてすいません、リーダー。

 それから俺は山野さんにもらったインタビューの内容に目を通し、頭の中でそれに対する回答を何度も作り込んだ。そこまで難しい質問じゃない。好きなものとか特技とか、後は少しエッチな質問とか、その程度だ。
 大丈夫。やるって決めたんだから、やらないと。
「……トイレって、どこですか?」
「出て左だよ」
「ありがとうございます。ちょっと行ってきます」

 会議室を出てトイレに入ると、中にはいつのまにか部屋からいなくなっていた大雅がいた。掃除が行き届いた綺麗なトイレの鏡の前で、しきりに前髪を整えている。
「大雅、くん」
「……呼び捨てでいいよ」
「あ、そう? じゃあ、大雅」
「なに」
「えっと……」
 特に内容なんて決めていなくて、話しかけておきながら口ごもってしまう。
「ええと、大雅はどうしてこの仕事を?」
 そして結局、しょうもないことを聞いてしまった。言いたくないことだってあるはずなのに、つい口から出てしまったのだ。俺と同い年の大雅が決意を固めた理由を聞けば、俺にも何か見えてくるんじゃないかと思った結果だった。
「……別に。俺、あんまり人と関わるのが上手くないから」
「え?」
「学校にも馴染めなかったし、社会にも馴染めない。……この仕事なら撮影の時だけ自分が集中すれば終わるでしょ。俺にできる仕事って考えたら、AVか売り専か、その辺りが丁度いいと思ったから……。売り専は客の対応しないとだけど、AVならその必要もないし」

「………」
 意外にも重い答えが返ってきて、俺は何も言えなくなってしまった。大雅はそんな俺に目もくれず、ひたすら鏡の中の自分を見つめていた。
「……そんな深く考えてないよ、俺は。だから可哀想な奴って思われても、何とも思わないし」
「そんなこと、思ってないけど……」
「頑張ってね、新人の亜利馬くん」
 すれ違いざまに素っ気なく言われ、大雅がトイレを出て行った。