第2話 リオ -9-

 白を基調とした明るい浴室で、俺は顎まで湯船に浸かりながら大きく息を吐いた。
「そう言えば煌夜、リオに対して何か敵意出してただろ。あれどういう意味だったんだ?」
 浴槽縁に座って髪を洗いながら理人が言う。俺は別に、と呟いてから両手で頬を擦った。
「……人心掌握してる気になっていた彼が少しムカついただけです。皆が皆、リオに好意を寄せる訳じゃない」
「そりゃあ、お前から見れば人の心理を読むのが得意、って人間が鼻につくのは分かるけどよ。それでもリオは一応プロなんだから、全くの嘘って訳でもないだろう」
「………」
 本当は違った。


 あの時、理人がリオに抱きついたから少し腹が立っただけだ。理人があまりにもリオの容姿を褒めるから、意地悪してやりたくなっただけだ。
 別に理人が何処の誰と何をしようが構わないが、目の前でそれを見せられると良い気はしない。嫉妬ではなく不快感。単純に腹が立ったというだけ。

「さっきだってリオの誘いを素っ気なく突っ撥ねてよ。俺だったら即受けするのに、勿体ねえ」
「理人、何も分かってないです」
「ん?」
 知らず知らずのうちに、理人はその素直さでいつも俺を不機嫌にさせる。リオが来る前にしていた会話のやり取りだってそうだ。本人にその自覚が無いというのが却って始末が悪い。


 いっそのこと根こそぎ心の中を攫ってやろうか。……できないのは分かっている。表面からは見えない理人の心に闇を見つけてしまったら、きっと俺は深入りしてしまう。理人という男が好きだからこそ、放っておけなくなってしまう。
 だから俺は理人の前でだけ心の目を閉じ、私的な理由では絶対に彼の内面を覗かないようにしていた。自ら進んで傷を負う必要なんて、ない。


「煌夜、先出てるぞ」
 だけど、その逞しい腕に抱かれる自分を想像すれば否が応でも胸が高鳴る。理人にとってはただの暇潰しや性欲の処理だと分かっていても、期待せずにいられない。
 脱衣所で体を拭きながら、俺は洗面台の鏡に自分の顔を映してみた。


 ポーカーフェイスと理人が呼ぶこの顔に、俺自身何の魅力も感じない。ただただ表情に乏しいだけの面白味の無い顔だ。子供の頃からずっとそうだった。周りからは何を考えてるか分からないなどと言われ続けてきた。
「………」
 無理に口角を上げて、自分に向かって笑ってみせる。ぎこちなく、不自然に引き攣った笑顔。
 笑えない。リオのようには、とても。

「……理人」
「お疲れ、煌夜」
ベッドに寝かせられた身体は既に火照っていた。その熱を確かめるように、理人の手が優しく這う。
「……ん」
「煌夜のポーカーフェイスが崩れるのはこの時だけだな。俺だけが見れる、特権だ」
「何言ってるんです……」
「それとも俺と出会う前、他の奴にも見せてきたか?」
「まさかっ……あ!」
 理人の手は神がかっている。いつも一瞬で俺の意識を蕩けさせる。唇で触れられれば、身体中が痺れ出す。この感触だけは何度経験しても慣れることがない。