第1話 リヒトとコウヤ

 2018年、11月29日。

「そうだ煌夜。前回のお前の報酬渡しとくから、確認してくれ」
 俺はソファに寝転がったまま差し出された封筒を受け取り、中を見ることも無くテーブルの上へぞんざいに放った。厚みのある封筒は音をたててガラス製テーブルの上に落ち、傍にあった灰皿の表面で僅かに灰を舞わせた。
 そんな俺を見て、ナラ材の重厚なデスクに腰掛けていた壮真理人ソウマリヒトが苦笑する。
「相変わらず金に執着が無いんだな。俺が数枚抜いてたら、なんて思いもしねえか?」
「抜いてたところで、別に構わないですよ」
 起き上がった俺は目を擦り、口元に手をあててあくびをした。事務所の窓から入ってくる午後の陽射しは強烈で、十一月も半ばになるというのに少し暑いくらいだ。


「世の中不景気だぜ。見ろよ。この時間、外は靴底減らして働いてる営業マンで一杯だ。皆金の為に歩き回ってる。金を放り投げるなんてバチが当たるぞ、煌夜」
「俺には養う家族もいませんし、家や車のローンも無いから」
「そういう問題じゃないっての。全く、無欲もここまでくると表彰モンだな」
 俺は含み笑いをして、はだけたシャツのボタンを留めた。昨夜理人に弄られていた体の上へ直接羽織った黒のシャツは、流行なんてこれっぽっちも分からない俺を見兼ねた理人が買って来たものだ。
 服なんてよほどの悪趣味でなければ何でもいい。結局どんなに良い服を着ていたって、この事務所で何日か過ごせばすぐ煙草のヤニが付いてしまうのだから。


「さてと、じゃあ今日も一日働くか!」
 理人が着ているのは、相変わらず汚れ一つない真っ白のスーツだ。デスクが五〇万なら、スーツはその倍するらしい。
 一八〇センチを超える長身に、振り乱した黒髪。太い眉と高い鼻。少々濃い目のその顔は、暑苦しさよりも男らしさを感じさせる。色白でどちらかというと貧相な体系の俺には、逆立ちしても得られない男らしさだ。それでいて二十九歳という年齢にしては少し落ち着きが無いと言えるほどの気さくで豪快な性格。
 初めてあった時から今日まで、理人は全く変わらない。


「煌夜。宮内建設って会社、知ってるか?」
 土足のままデスクに足を乗せた理人が、薄い書類を捲りながら言う。
「今日の客はそこの社長の倅だ。俺はだいぶ前に一度会ったきりだが、頭が良いだけでひ弱な印象だったな」
 それを聞いた俺はベルトを締めながら、理人に顔を向けて呟いた。
「また法外な値段を取る気でしょ」
「馬鹿言うな、俺はいつも相応の金額を提示してる。むしろ幾ら積んでもいいからお前に会いたいって言うのは客の方なんだからな」
「だからって積ませ過ぎなんですよ、いつも」
「固いこと言うなって。お前も旨いモン食いたいだろ? 伊勢海老とか、ステーキとか」
 けらけらと笑う理人を尻目に、俺はソファを下りて洗面所へ向かった。
 ──俺に会いたい、か。
「………」