マイ・スィート・ショコラ -3-

 ふと、振動を感じて目が覚めた。どうやらテーブルに突っ伏して寝ていたらしく、見れば着信を受けたスマホがチョコの横で揺れている。
「……あれ、松岡さん」
 社長兼監督の松岡さんからの着信だ。時刻は八時、こんな時間に何だろう。そもそも、雀夜の撮影は──
〈桃陽か? 今、どこにいる〉
「お疲れ様です。えっと、いつも通り雀夜のマンションにいますけど……」
〈そうか、休みのところ悪い。雀夜が倒れてな〉
「え、……」
 雀夜が、倒れた……


「ど、どういうことですか? 倒れたって、何でっ? 酷いんですか、入院とかっ?」
 混乱して捲し立てる俺の耳に、松岡さんの聞き慣れた冷たい声が響く。
〈いや、すぐ気付いたし今も休ませてるが、一応知らせた方がいいと思っ──〉
「お、俺今からそっち行きます!」
 スマホと小銭だけを持って部屋を飛び出し、鍵をかけ、走り、エレベーターのボタンを連打する。


 雀夜が倒れたって。人一倍体も鍛えて健康にうるさい雀夜が倒れるだなんて。
「どうしよう、……どうしよう」
 具合が悪かったのだろうか。だから昼間、機嫌が悪く見えたのだろうか。もしそうだったら俺は雀夜の体調なんて少しも考えないで、自分の欲を押し付けて……
 最低だ。自分のことばっかり、俺は最低最悪の男だ。


「さ、雀夜っ、……雀夜ぁっ!」
 マンションからそれほど離れていない事務所までタクシーで乗り付けた俺は、息を切らして「東京ブレイン・コミュニケーションズ」のドアを開けた。
「……さ、くや」
 誰もいない。それどころか室内は電気すら点いていない。撮影場所が変更になったのだろうか。それにしても事務員すらいないというのはおかしい。
 取り敢えず部屋の明かりを点けて呼吸を整え、松岡さんに電話をしてみる──が、出ない。


「何だよ、何で……」
 いや、呼出音は鳴っている。この部屋のどこかで、……奥の撮影部屋で。
 俺は恐る恐る部屋に近付き、ドアノブに手をかけた。
「………」
 撮影部屋も真っ暗だ。指先でスイッチを探しながら松岡さんの名前を呼ぼうとしたその時、……


「桃陽、誕生日おめでとう!」
 突然部屋の明かりが点き、目の前にいつもの仕事仲間が現れた。
「……え?」
 ヘアメイクの浩司さん、カメラマンの磯崎さん、編集の仁ちゃんに仲良くしてるモデル仲間の遊隆、常に無表情の松岡さん。
「あ、……」
 それから、雀夜。つまらなそうな顔で撮影用ベッドに座っている、俺の大好きな雀夜……。


「な、なに? 何で……どういうこと」
 あまりに突然の事態に思考が追いつかない。誕生日おめでとうって、俺に? 何で?
 足が震える。
「遊隆の提案でサプライズしようって、前からずっと計画してたんだよ。桃ちゃん十九歳おめでとう!」
 浩司さんが満面の笑みで俺の肩を抱き、頬にキスをする。
「悪かったな、雀夜が倒れたなんて嘘ついて。焦っただろ、でも他に思いつかなくてさ」
 金髪色黒の遊隆が俺の頭をくしゃくしゃに撫でて笑う。
「たまにはこういうのも悪くないと思ってな」
 無表情の松岡さんが、ほんの少しだけ口元を弛めて笑っている。
「………」
 俺は見開いた両目から涙が零れるのを感じ、慌てて袖で目元を拭った。
 誕生日おめでとう。友人達からこんな温かい言葉をかけてもらえたの、いつぶりだろう。


「あ、俺、……俺、ありがとう……」
 まともな言葉が出なくて立ち尽くす俺に向けられている笑顔もまた温かかった。嬉しいのと驚いたのと安心したのとで、涙が止まらない。
「で、でも雀夜の撮影は? リョウタと撮るって言ってたの、終わったの……?」
「始めからそんな予定はない。リョウタは留学するとかで、とっくにウチとの契約を切ってる」
 そう言って松岡さんが腕組みをし、雀夜を見下ろした。
「そんな適当な理由で抜け出して来たのか?」
 眉根を寄せた雀夜が松岡さんを見上げ、「適当な理由付けろって言ったのは幸城だろ」と言い返す。
 雀夜が怒って見えたのは、嘘をついていたからか。


「あ、ありがとうみんな……俺、すっげえ嬉し、……」
「ケーキもあるんだよ! 桃ちゃんの好きなイチゴのショートケーキ」
 浩司さんが嬉しそうに言って、皿に乗ったホールケーキを掲げた。
「う、美味そう!」
 大好きなケーキに思わず飛びつこうとした俺の首根っこが勢いよく掴まれた。松岡さんだ。
「このケーキは撮影の後だ、食うな」
「えっ? だって俺の誕生日ケーキ……っていうか、撮影って……?」
 途端に室内が慌ただしくなる。撮影用カメラと音声マイク、それからライトに、パイプ椅子の観客席。
 松岡さんが腕時計をチェックして頷いた。浩司さんと仁ちゃんと遊隆は、部屋の隅でニヤニヤしながらパイプ椅子に座っている。
 部屋の中央に残されたのは、俺と雀夜だ。


「ど、どういうこと?」
「深く考えんな。頭がイカれる」
 素っ気なく言い放った雀夜が俺の腕を取り、軽く引いた。
「あ、……」
 そのまま、雀夜の膝に腰を下ろす。昼間ソファの上でしたのと同じ体勢だ。撮影ってもしかして……これもまたサプライズなのか。
「いくつになった? 十四か、五か」
「十九……」
「見えねえな、元からガキっぽいし」
 俺のシャツを脱がしながら耳元で雀夜が囁いた。意地悪な言葉なのに、嬉しくて震えてしまう。
「雀夜、……大好き……」
「言っとくが俺は加減しねえからな。昼間の分もてめえに叩き込むぞ」
「あ、……して、雀夜……思いっきり、激しくして……」
 突然の撮影だから台本もないし、設定もシチュエーションも分からない。だからこれはきっと、「普段の俺達」を演じる動画なんだ。
 擬似カップルじゃない。俺と雀夜の、プライベートなセックスを……


「んぁっ、あ……! 乳首だめ、そんなっ、……強く吸ったら、ぁ……!」
 思わず雀夜の頭を抱きしめてしまった。ウェーブがかった黒髪からいい匂いがする。そういえば俺、シャワー浴びてないけど大丈夫なのかな。
「うわっ、……あぁっ、雀夜、っ!」
 俺の思考を遮るように、雀夜が乳首を含んだまま俺をベッドに押し倒した。更に激しく吸われて背中が反り、目尻に涙が溢れ出す。
「さく、……雀夜っ、嬉し……!」
 脱いだジーンズが床に落とされ、下着一枚でベッドに体を預ける俺。肌に擦れるシーツの感触は心地好いし、明るすぎる照明も嫌いじゃない。下着の中で既に反応している俺のそれは、雀夜の愛撫を期待し震えていた。