マイ・スィート・ショコラ -2-

 俺は上体をずらして雀夜の方へ身を乗り出し、唇を噛み、目で訴えた。
「ヤりてえ顔になってんぞ」
 そんな目で見られたらヤりたくなるに決まってる。抱きついてキスして跨って、対面座位で下から死ぬほど突かれたい。バックで獣みたく犯されたいし、恥ずかしいことを命令されて泣きながら許しを乞いたい。
 考えていたらどうしようもなくなってきて、俺は雀夜の膝に手を乗せた。


「………」
 本当は求めては駄目だと分かってる。この後で仕事が控えている雀夜に余計な体力を使わせるのは、流石にプロとしてやってはいけないと頭では理解している。
 俺はワガママだけど、雀夜の負担になることだけはしたくない。グッと堪えて、あと二時間やり過ごさなくては。
「……だ、大丈夫。我慢できる。その代わり雀夜、早く帰って来てよ。夕飯作って待ってるから」
「お前が作る飯じゃ期待できねえな……」
「う。じゃあ、また出前取っとくけど」
「桃陽」
「はい」
 雀夜が何かを言いかけ、だけど俺から視線を逸らしてしまった。そういえばもう怒ってはいないようだ。何だか今日の雀夜は少しおかしい。


「何だよ、言ってよ」
「お前、……今日はバレンタインだとかのくだらねえ記念日で期待してたんだろ」
「ま、まぁそうだけど」
 雀夜が俺から視線を外したままで言った。
「そんじゃ、ケツは洗ったのか」
「………」
 ほんの少し前までは我慢すると誓ったのに、その一言だけで既に我慢の限界状態になってしまう。俺は雀夜の方へ体ごと移動して、性欲丸出しのオヤジのごとく鼻息を荒くさせながら言った。
「あ、洗ってある。完璧」
「じゃあ、乗れ」
「……うん!」


 そこから先は猛スピードだ。雀夜の膝に跨ってシャツを脱ぎ、ついでに雀夜のシャツも脱がし、ベルトを外してジーンズを脱ぎ、雀夜のベルトも、外そうと、……した。
「流石に挿入は出来ねえ、指で我慢しろ」
「そ、そっか。うん、大丈夫……。撮影前だもんな、精液溜めとかないと……」
 言いながらも興奮が止まらない。指で、唇で、雀夜が触れてくれるなら……挿入しなくたって余裕で満足できる。


 暖房が効いていても裸になると寒くて、俺は身を倒して雀夜の首にしがみついた。
「密着してるとよ、お前が好きな乳首吸ってやれねえぞ」
「うー、だってもう離れたくねえもん。キスして雀夜、……キスしながらチンコ弄って」
「色気のねえ言い方だな」
 呆れつつも雀夜が俺の下着をずらし、中に手を入れてくれた。緩く反応しているそれが雀夜の手によってみるみる膨張してゆき、恥ずかしげに彼を見上げる形となる。


「ん、ん……」
 そうしながら舌を絡ませればもう、他のことは何も考えられなくなるのだ。雀夜が好き過ぎてどうしようもなくて、欲しくて欲しくて涙すら出てきた。やり場のない感情は俺の声となって口から溢れてくるのだけど、その唇すらも塞がれてしまうと──もう、気が狂いそうになってしまう。
「ん、やっ。あぁっ……さ、くや……ぁ!」
 切れ切れに喘ぎながら名前を呼ぶ俺を鼻で笑い、雀夜が更に強くペニスを揉みしだいてきた。まだるっこしいのに止めてほしくないのは、我慢の先にある快楽を知っているからだ。
「雀夜、後ろも、っ……」
 俺のそれを両手で弄っていた雀夜が、片方の手を股の間に滑らせながら言った。
「ここか」
「やっ、違っ……もっと後ろ、……! あっ……でも、そこも好き……」
 股の間に差し込まれた雀夜の逞しい腕が、俺の二つの膨らみを擦る。何だか神聖なものを汚しているような気分がして堪らない。無意識に腰を前後させながら、俺は雀夜の腕に自分のそれをめいっぱい擦り付けた。まるでマーキングだ。


「柔らけえ」
「んぁっ、た、玉……金玉っ、気持ち、いっ! さく、やの……腕に、こす、こすれ、てるぅっ……!」
「もう少し何とかなんねえのか。その、思ったこと全部言うやつよ」
「だって声出ちゃ、……あぁっ!」
 こう言おうとか、これは言っちゃダメかなとか、そんなことを考える余裕なんてない。与えられた刺激に対して素直に体が反応するように、声もまた素直に即座に口を割って出てきてしまうのだ。
 売り専やってた頃はこんなことなかった。いつでも俺は演じていたし、乗り気でなくてもビッチのふりが出来ていた。
 それなのに相手が雀夜だと、どうしてこんなに余裕がなくなってしまうんだろう……


「雀夜っ、雀夜ぁ……もっと後ろ、も……」
「どこだよ、言えよ。言いてえんだろ」
「うー……」
 全てはこんなふうに雀夜が意地悪するからだ。雀夜だって俺に恥ずかしいことを言わせて楽しんでいる。だから俺はもっと雀夜の期待に応えたくて、……。
「お、俺の……お尻の、穴、ぁ……雀夜の指で犯して、気持ちいぃとこ、……ぐりぐりして、欲し……」
「だらしねえツラだな」
「ん──あっ、あぁ! そこ、そこ好きっ、……気持ち、いっ……!」
 耳に雀夜の熱い息がかかる。雀夜も興奮しているんだと分かって堪らなくなり、俺はその肩や首に何度も口付けながらやがて絶頂を迎えた。


「はあ、ぁ……」
「満足したか」
「と、取り敢えずは……」
 射精すれば一応はすっきりする、……けれどやっぱり、どこか物足りない感じもする。最高の形でのオルガズムというものを何度も体験しているから、それが伴っていない絶頂は何だか不完全燃焼って感じでモヤモヤしてしまうのだ。
「……雀夜は大丈夫なの? 全然反応なし?」
「出す訳にいかねえだろ」
「だ、だよね……反応してるってだけで嬉し、……」
「放っておけば収まる」
 ソファの上に転がってぼんやりしていると、雀夜が「風邪ひくぞ」と言って服を体にかけてくれた。優しさというよりは厳しさだ。体調を崩せば仕事に影響が出る。


「仕事、何時くらいに終わりそう?」
「さあな」
 それほど大掛かりな企画じゃないはずだから、上手く行けば零時ギリギリまでには帰って来てくれるかもしれない。だけど雀夜の中ではもちろん「俺<仕事」だから、そこまで期待したら駄目だろうか。
 いいんだよ、と自分に言い聞かせる。だって予定は狂ったけど、こうして雀夜と触れ合えたのだから。
「頑張ってね、雀夜」
「………」
 ふいと俺から視線を逸らしてしまう雀夜だが、そんなのはもう慣れっこだ。鬱陶しいと思われていても嫌われてはいない。嫌いな奴を抱くなんて面倒なこと、雀夜がするはずないからだ。
「もう行くわ」
 だから時間的にはまだ早いけど雀夜が出て行ってしまうことに対して、俺も止めることはしない。他の誰も経験してない「雀夜とのプライベートなセックス」を独占しているのは、この俺だ。


 傷付く必要も不安になる必要もない。過去に死ぬほど酷いことを同級生や父親からされてきた俺なんだから、こんなの全然耐えられる。
「………」
 泣かなくてもいいんだよ。雀夜はまた戻って来るんだから。

「あーあ」
 午後七時、ダイニングテーブルの上の歪なチョコレートを見つめながら俺は大きく溜息をついた。
 形は悪いけど味は問題ないはずだ。市販のチョコを溶かして、生クリームと混ぜて、形に入れただけ。ネットで検索したらすごくカラフルなチョコやお店で売っているような立派なケーキの作り方も沢山あったけど、俺にはハードルが高すぎてとても挑戦できなかった。


『今年初めてチョコを作ります。本気で好きになった人に渡したいです』。
 どこかの女子中学生がブログで公開していた、一番簡単なチョコのレシピ。画像のチョコも歪で可愛くなかったけど、何故か俺はそれに惹かれてレシピを真似したんだ。
 本気で好きになった人に。
 あの女の子も俺も、多分同じ気持ちでチョコを作った。あの子はもう渡せたかな。上手くいったかな。
「……気になる」
 スマホのブックマークから例のブログを表示させて、新しい記事がないかチェックする。

 二月十四日
 バレンタインデーです。
 ずっと好きだったクラスメイトに手作りチョコを渡しました。
 結果は……受け取ってもらえたけれど、反応は良くなかったかも(涙)。他の子からもたくさんもらってたから、私のチョコはゴミ箱行きかな。
 皆さんは成功しますように!

「……クソ野郎、ぶっ飛ばす」
 顔も知らない中学生男子に舌打ちし、『本当にゴミ箱に捨てるような男は、カッコいいかもしれないけど魅力的とは言えませんよ!私はブログのレシピを参考にしてチョコ作りました!』とコメントを残しておく。
 ……日本中の女子が今日は泣いたり笑ったりしてるのかな。