雀夜 -2-

 俺は少し考えた後、声を潜めて桃陽に訊いた。
「……桃陽は、プライベートで雀夜と、その……。ヤッてんの?」
 ん、と頷いた桃陽が次の瞬間、俺の気遣いを無視した大声で言った。
「昨日も雀夜とガンガンヤッてきたよ。もう射精し過ぎて、前も後ろも超痛い」
「こ、声でかっ……!」
「桃陽、下品だよー」
 傍にいたスタッフが苦笑して言った。


「だって、相方とは互いに体のことも知っといた方がいいじゃん。どこでどう感じるとか、自分が気持ちいい所でも相手は違うかもしんないし……」
「わ、分かった、分かったから」
 俺は真っ赤になった顔を左右に振りながら桃陽を宥めた。これ以上彼を喋らせていたら、俺の頭が沸騰して爆発してしまいそうだ。
「俺、トイレ行ってくる……」
「場所分かる?」
「う、うん……」

 妙な足取りで部屋の出口を目指す俺。
 部屋のトイレは数日前から故障していて、用を足すにはわざわざビルの共同トイレを使わなければならなかった。だけど今の俺には都合がいい。少し歩いて頭を冷やす必要があると思ったからだ。
「……ここか」
 比較的新しいビルのために、トイレも綺麗だ。ビル自体には他の会社の事務所や倉庫があるけれど、この一階はモデルやスタッフの休憩室やその他撮影などでうちの会社が占領しているため、トイレに他社の人間が入ってくることはない。


「はぁ……」
 溜息をつきながら手を洗っていると、ふと背後に人の気配を感じた。直感的に、桃陽がこっそり追いかけてきて俺を驚かせるつもりなんだと思ってしまった俺は、それならば逆に驚かせてやろうと勢いよく振り向いた。
「なんだよ、お前っ!」
「………」
「あ……」
 そこにいたのは桃陽じゃなかった。

「俺が来たら悪いか?」
「さ、雀夜……」
 ウェーブがかった黒髪をいじりながら、咥え煙草の雀夜が俺を睨んでいる。
「ごめん……ちょっと勘違いして」
「………」
 無視して、雀夜が俺の隣に立つ。蛇口から出る水で煙草の火を消し、そのまま吸殻をゴミ箱へと放り投げる雀夜。なんだか気まずくて、俺は早々に退散しようと出口に向かった。


 だが、そんな俺を雀夜が呼び止める。
「ユキヤ」
 そして、唐突に言われた。
「お前、次の動画で悩んでるらしいな」
「別に……」
 どうやらお喋り桃陽が雀夜に告げ口したらしい。俺は心の中で舌打ちして、雀夜から視線を逸らした。
「幸城は遊隆の得意分野でやりたがってるらしいけど……。お前には向いてねえだろうな」
 幸城……松岡さんのことだ。名前で呼ぶような仲なのか。いや、そんなことより。
「遊隆の得意分野って何? 俺に向いてねえって?」
 雀夜が洗面台から離れ、俺が立ち尽くす出入り口付近の壁に寄りかかった。


「………」
 間近でじっと見つめられ、思わず唾を飲み下す。
 雀夜の鋭い眼光が俺の体を硬直させる。ただ見つめられているだけなのに、心の奥の奥までを見透かされているような気になって……額に汗まで滲み出していた。

「……質問、答えろよ」
 振り絞るように言うと、雀夜は不敵な笑みを浮かべて俺の方へ手を伸ばしてきた。金色のリングが光る指が、俺の頬にそっと触れる。
「………」
「お前、この仕事向いてねえよ」
「はっ?」
「こないだの撮影見てて分かった。お前……遊隆に惚れかかってるだろ」
 言葉の意味を測りかねて、俺は雀夜を上目に見た。
「どういうことだ?」
「だってお前、遊隆以外の男とはできねえだろ」
「……別に。言われれば遊隆以外とだって……」
「嘘つくな」
 馬鹿にしたように笑う雀夜に腹が立ち、俺は頬に触れる雀夜の手を払いのけた。
「何が言いたいんだよっ、はっきり言え!」
「遊隆の足を引っ張るなや」
「え──」


 払いのけたはずの雀夜の手が次の瞬間、俺の胸倉を掴んだ。そのままグッと引き寄せられ、鼻先が触れそうになるところまで雀夜の顔が近付いてくる。
「遊隆の才能を潰すな、って言ってんの」
「意味が分かんねえよ……放せっ……」
 目の前で雀夜が笑っている。悪魔のような、禍々しい笑顔だ。
「遊隆の相手がお前だと、あいつの良い部分が全く発揮できねえ。何だこの前の撮影。気持ち悪りい……見てて反吐が出そうだったぜ」
 俺は体全体をよじって、雀夜の手から何とか逃れた。動悸が激しくなっている。胸に手をあてて息を整えていると、雀夜が腕組みをして更に続けた。


「お前がこれからも遊隆の相手を務めるってんなら、ちっとは努力はしろ」
「………」
「それと、遊隆にあんまり深入りすんな。完全に情がわいてねえ今のうちに、遊隆以外の男ともできるようになれ」
「で、できるって言ってんだろ!」
「はぁ?」
 意地悪く顔を歪めて雀夜が笑う。俺は俺で意地になっていた。

「俺は別に遊隆に惚れてる訳じゃねえっ。それでも遊隆の仕事のためなら、何だってできる。俺はあいつの──相方だからっ……。こないだは初めてだったから、緊張してただけで……。もっと努力もするし、それに……」
「言ったな?」
 一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
「っ……!」
 雀夜に腕を掴まれたと気付いたのは、トイレの個室に押し込められた後だった。
「何するっ……」
 狭い個室の中、雀夜の手が俺の前髪を引っ掴む。そのまま顔を上げられ、唇が押し付けられた。


「んっ、ぅ……」
 激しく舌が蠢き、口腔内がかき回される。息苦しくて、俺は雀夜の胸に両手をあてて思いきり突き放そうとした。だけどもちろん、その程度の力では雀夜はビクともしない。
「やめっ……」
 前髪を抜かれる覚悟で顔をよじると、雀夜が俺の耳朶に舌を這わせていやらしく囁いた。
「やっぱりできねえんじゃねえかよ。ガキ、無理すんな」
「だ、だって……、こんなの仕事と全然関係ないっ……」
「努力する、ってさっき言っただろうが。いきなり本番でやらされて、それでできんのか? ちょこっとキスされたくらいで嫌がってるようじゃ、無理だよなぁ」
 俺を挑発しているということはすぐに分かった。だけどどうしても腸が煮えくり返り、反射的に言葉が口を出てしまう。
「できるってっ……!」
「証明してみろ」
 雀夜の手が俺の腰を引き寄せる。足の間に雀夜の膝が入ってきて、そのまま壁に背中を押し付けられた。


「証明って……」
「無理矢理やられても意味ねえだろ?」
 言いながら、雀夜は自分の膝で俺の股間を刺激してくる。
「う……」
「どうした? できねえのか?」
「っ……」
 こうなったらもう、自棄だ。
「んっ──」
 俺は意を決して顔を上げ、下からかぶりつく形で雀夜の唇を塞いだ。
「は、ぁっ……あ」
 すかさず、雀夜が片手で俺の後頭部を押さえ込む。繋がった唇と唇の間で激しく絡み合う舌……まるで口の中でセックスしているような気持ちになった。
 隙間から唾液が零れ、顎を伝って首筋まで垂れてゆく。それは二人のうちどちらの唾液なのか、もう俺には分からない。