初めての、……

 それから三日間は気が気じゃなかった。
 いよいよ今日、本当に遊隆に抱かれるんだと思うと期待と緊張で押し潰されそうになる。この三日間……遊隆は松岡さんに言われた通り、俺に一切手を出すことはなかった。俺は最初の撮影日からずっと悶々としていたというのに。
「雪弥、顔が強張ってるぞ」
「仕方ねえだろ。だってもう、今にも緊張で倒れそうだってば」
 撮影場所はそれ専用のスタジオで、パッと見は本物の教室のようだった。机や椅子が綺麗に並んでいて、正面には教卓も黒板もある。つい最近まで通っていた高校を思い出し、懐かしくなった。
「台詞覚えてるか?」
 遊隆に言われ、大きく頷く。
「覚えた。完璧」

 段取りはこうだ。
 俺と遊隆は先輩と後輩の関係で、放課後に勉強を見てもらっているうちにそういう雰囲気になり、盛り上がってその場で始めてしまう。なんとも単純な設定である。
「雪弥、遊隆。そろそろ始めるけど準備はいいか」
 松岡さんに言われ、俺はネクタイをぎゅっと掴んで返事をした。「いいです!」
 スタッフもみんな真剣な顔をしている。ふと、その中に雀夜と桃陽がいるのが見えた。まさかわざわざ見学しに来たのか。桃陽の口が「頑張って」の形に動く。この二人に見られると思うと、心臓が倍のスピードで高鳴りだした。
「………」
 俺は雀夜と桃陽の存在を無理矢理に頭から追い出し、大きく深呼吸をしてから開始位置の席についた。教科書、ノート、筆記用具。懐かしさ溢れる小道具が机に並んでいる。制服姿の遊隆が俺の隣の席に座り、椅子を寄せて同じ机に手を置いた。俺達の正面でカメラが回り出す。
「そんじゃいくぞ。用意……」
「何があっても、大丈夫だからな」
 遊隆に囁かれ、頷いた。いよいよだ。
「スタート」

 机に頬杖をつき、遊隆が俺の手元を指さして言った。
「また間違ってるぞ」
「あ。──せ、先輩がちゃんと教えてくんないからじゃないすか。勉強教えてくれるって言うから呼んだのに、さっきからぼーっとしてばっかりだし……」
「ここは雪弥が分かるって、自分で言ったんじゃん」
「テスト明日なんですよ。やっぱり初めから全部教えて下さい」
 ……駄目だ。あんなに練習したのに、緊張しすぎてどうしても棒読みになってしまう。


「なんだ、明日なのかよ。じゃあ今から勉強したって無理だろ」
 さすがに慣れているのか、遊隆の演技は驚くほど自然なものだった。
「雪弥。お前、好きな奴いんの?」
「え? いないよ、そんな奴」
「じゃ、童貞か」
「先輩には関係ないじゃないすか……」
 変な汗が出てきた。ここからが本当のスタートなのだ。
 遊隆の顔が近付いてくる。
「こんな勉強よりさ、もっといいこと教えてやるよ」
「先輩……」
 少し逃げ腰になった俺の腕を遊隆が掴み、強く引き寄せられた。座ったまま抱きしめられる形になった俺は、遊隆の胸に頬を押し付けて唇を噛みしめた。


「雪弥、好きだよ」
「お……俺も先輩が好き」
 顔を上げ、遊隆と唇を合わせる。
 その瞬間、三日間我慢していた俺の欲望が、体の深いところからじわじわと浮き上がってくるのが分かった。我慢──そう、我慢していたんだ、俺は。

「………」
 考えてみれば俺は、初めて遊隆と会った時からもう我慢していたのだ。遊隆に抱かれてみたくて、一線を越えてみたくて、あの時、俺は言葉に出して遊隆を求めていたのだ。
 だけどもう、その必要はない。今日俺は、遊隆と最後まで交わることになる。それが例え撮影のためだとしても構わない。とにかく俺は、遊隆と……したい。


「ん……あ……」
 ゆっくりと舌を絡ませながら、遊隆が俺のネクタイを解いた。上から一つずつ、シャツのボタンが外されてゆく。
「……先輩……」
 前に見た雀夜と桃陽のキスシーンを頭に思い描いた。互いに見つめ合い、淫らに舌を絡めていたあの光景だ。あんなふうに遊隆とキスできたらと思っても、恥ずかしくて結局目を閉じてしまう。


 そんな葛藤をしているうちにシャツが肩まで抜かれ、同時に遊隆の唇が離れた。
「雪弥、机の上に座って」
「……ん」
 椅子から腰を上げ、隣の机の上に移動する。向かい合って遊隆と抱き合う形になり、ゆっくりと耳に口付けられた。
 耳朶や縁を舌でなぞられる度に体が熱くなってゆく。直接触れる遊隆の息使いも、燃えるように熱い。
「雪弥……」
「あ、ぁ……」
 遊隆の指が俺の乳首に触れた。微量の電流が体をじわじわと伝ってゆく……この感覚を、ずっと待っていた。
「あぁっ……」
「雪弥は乳首の感度がいいんだよな。オナニーする時も自分で触ってんのか?」
「し、知らな……」
「知らねえのかよ。じゃ、俺が教えてやる」
 耳から頬に、遊隆の唇が移動する。頬から顎に、首筋に、鎖骨に……。何度もキスを繰り返しながら、遊隆が俺の肌を愛撫する。温かくて、心地良くて、俺は遊隆の頭を強く抱きしめた。


「ん。……あっ!」
 舌で乳首を転がされ、俺は何度もかぶりを振って声を張り上げた。
「ふあぁっ……」
 遊隆が唾液を絡ませて乳首を啄みながら、俺のベルトに手をかけてきた。片手で器用にベルトを外し、ファスナーを下ろしてゆく。俺はただ遊隆にしがみついて目を潤ませているだけだ。
「雪弥……すげえ反応してるじゃん」
「そうかな……。だ、って……!」
 脱がされたズボンが隣の机の上に落とされる。遊隆は剥き出しになった俺の内股を撫で回し、再び乳首を口に含んできた。

「あっ、あ……。ゆた……、先輩っ……」
 ぼんやりしていて、思わず遊隆の名を呼びそうになってしまった。ここまできてNGだなんて今の俺には酷すぎる。
「いいよ、先輩じゃなくて。俺の名前、言って」
「え……」
 ちらりと松岡さんの方を見た。彼は腕を組んだまま、表情を変えずに俺達をじっと見つめている。何も言わないところをみると、遊隆のアドリブを許してくれたらしい。


「あぁ……遊隆っ……」
 名前を呼んだだけなのに、どうして俺がこんなに興奮しているのか。
「雪弥……可愛い」
「か、可愛くなんかっ……」
「すげえ可愛いよ。……ここも」
「何言っ……あっ、あぁ……!」
 遊隆の手が下着越しに、俺のそれを鷲掴みにした。囁かれた言葉も、俺の発した言葉も、全部台本にない台詞だった。