初出勤 -3-

「なあなあ。遊隆、遊隆ぁ」
 桃陽が上目遣いをしながら遊隆の袖を引っ張った。
「遊隆。こんな可愛い子どこでゲットしてきたんだ?」
 すると遊隆は豪快に笑って桃陽の頭を滅茶苦茶に撫で回し、ほっぺたをぐりぐりと抓って言った。
「馬鹿、桃陽の方が可愛いに決まってんだろ。また肌綺麗になったんじゃねえの?」
「そうかな?」
 桃陽は抓られた頬を擦り、だけど満足そうににっこりと笑った。なんだかなぁと思いつつ腕組みをした俺を、遊隆が手招きする。


「そんじゃ雪弥、次は衣装に着替えるからこっち来い」
 遊隆に連れられて隣の部屋に移動した。部屋の中は二つの空間で分けられていて、入り口から見て右半分が着替えスペース、左半分には大きなベッドがあり、小ぢんまりとしたホテルの一室のようになっている。
 まさかこのベッドで撮影するのか。そう思うとさすがに緊張してきて、後戻りはできないと分かっていても尻込みしてしまう。
「これに着替えてねー」
 スタッフに渡されたのは、学校の制服のような物だった。シャツにズボン、ネクタイ、ブレザー。遊隆もお揃いの衣装を渡されている。
「高校生ごっこだな。雪弥にぴったりだ」
「俺はいいけど、遊隆は無理あるんじゃないの。もう二十二だろ」
「俺だって全然いけるって!」

 クスクス笑いながら着替えていると、用意されているのが制服だけでないことに気付いた。
「もしかして、パンツも穿き替えるのか?」
 鮮やかなブルーのボクサーパンツ。よく見るとそのブルーは細かいハート柄になっていて、前開きのところには可愛らしいクマのプリントがデザインされている。
「新品だから安心しろ。終わったらもらえるし」
 もらっても少し困るデザインだ。見ると遊隆は普通の黒いボクサーで、なんだか俺だけ子ども扱いされているようで少し不満だった。


「二人とも、着替え終わった?」
「終わりました」
 部屋の中に数人のスタッフが入ってきた。いよいよ撮影開始だ。緊張で胸が張り裂けそうになる。
「じゃあ最初は雪弥だけで撮るから、そこ座って」
 さっき遊隆と雀夜に何やら話していた顎髭の男──松岡さんが、ベッドを指さして言った。無愛想だけど、近くで見ると思っていたよりも若い男だった。ラミネート加工されたカードが首から下げられていて、そこには『松岡|幸城《ゆきしろ》』と書いてある。俺と似てる名前だ。

 俺は松岡さんに言われた通り、ベッドに浅く腰を下ろした。
「ちょっとあぐらかく感じで、上向いて……。はい、笑って」
 頭上からカメラを向けられ、何回もシャッターが下ろされる。俺の笑顔はたぶん、物凄くぎこちないものになっていただろう。
「じゃあ次は片膝立てて、ちょっと悪い感じで顔キメて」
 カメラマンも照明係も松岡さんも遊隆も、みんな真剣な表情だ。淡々と撮影が進んでゆくうちに俺も気持ちが入ってきた。だけど、ふとした瞬間に我に返って恥ずかしくなる。


「そんじゃ遊隆、一緒に入れ」
「うぃっす」
 ようやく遊隆が来てくれた。
 俺の背後に座って、遊隆に後ろから抱っこされているような格好になる。そうされると別の意味で胸が高鳴り、頬が熱くなった。
 その後もラブラブな感じでとか、普通の友達同士みたいな感じでとか、様々なポーズで撮られた後に、松岡さんが近付いてきて俺のシャツからネクタイを抜き、上半分のボタンを外した。そんな状態の俺を見て、腕組みをしながら何か考えている。
「どうすっかな。遊隆、雪弥のシャツに手突っ込んで顔寄せろ」
「ほい」
 えっ。
 遊隆はその通りに俺のシャツの中へ手を滑らせてきた。それに加え、赤くなった頬に唇が寄せられる。


「ちょ、ちょっと、そんないきなり……」
 うろたえる俺に向かって松岡さんが小さく笑った。
「手入れて、触ってるふりをするだけだ」
 確かに俺の胸元にある遊隆の手はただそこにあるというだけで、必要以上に触れてはこない。だけど遊隆の手を通して心臓の早鐘が伝わってしまいそうで、俺は必死に気持ちを落ち着かせようと、関係ない別のことを頭に思い描いた。


「雪弥はキメ顔キープしてろ。お前の方をメインに撮ってくからな」
「わ、分かりました」
 遊隆の顔が俺の頬にくっついている。息がかかったりしてそれだけでドキドキしてしまうが、まぁ顔が近いだけなら何とか我慢できそうだ。
「雪弥はそのまま。遊隆はちょっと欲情してる感じの顔」
 シャッターが切られる度に、遊隆が俺の頬を鼻でくすぐったり唇を押し付けてきたりする。頭の中を空っぽにして、俺はただ目の前のカメラだけに集中した。
 その瞬間。

「っ……!」
 カメラからは見えない位置。シャツの中で、遊隆の指が俺の乳首を掠った。一瞬体がビクついてしまったが何とか真顔を保ち、早く終わってくれと心の中で強く念じる。
「……っ、……」
 まただ。
「ちょ、お前っ……」
「雪弥、顔崩すな」
 松岡さんの注意を受け、俺は慌てて眉を寄せてカメラを睨みつける。
 遊隆。こいつ、絶対わざとだ。


 それからブレザーを脱がされ、今度はシャツのボタンを全て外された上にベルトも外され、ズボンのボタンとファスナーを全開にされ、更に足をだらしなく広げさせられた格好で遊隆に触れられるというシチュエーションで写真を撮られた。
「今度は雪弥、色っぽい感じの顔作れ」
 そんなことを急に言われても、俺は今日が初めての素人なのに。
「誘ってる感じだ」
 だから急に言われても。
 戸惑っていると、半分下ろされかけた俺のズボンの中に遊隆が手を入れてきた。
「うわっ!」
 ボクサーパンツの上から、遊隆が指でくすぐってくる。
「やめっ……」
 シャツがはだけられ、剥き出しの肩に遊隆が口付けてきた。
「雪弥。感じてる顔じゃなくて、誘ってる顔、だ」
 松岡さんが真顔のまま言った。
 右手で俺の股間をくすぐり、左手で俺の顎を背後からすくうように持ち上げる遊隆。俺は声を出さないようにするのが精一杯だ。とても人を誘えるような状態じゃない。


「もっと触って欲しいか?」
「え……」

 突然、遊隆に耳元で囁かれた。遊隆との昨日のことが脳裏を過ぎり、かぁっ、と頬が赤くなる。
「もっと気持ち良くなりたくねえの?」
 触って欲しい。気持ち良くしてほしい。ただほんの少し触れられ、囁かれているだけなのに。遊隆の魔法によって俺の体がぐんぐんと熱くなってくる。
「……う」
「その顔だ。キープ」
「や、……ぁ」
 俺のそれをくすぐるような動きをしていた遊隆の手が、今は撫で回す動きに変わっている。何が恥ずかしいって、こんな俺の痴態を多人数のスタッフ達に見られているということだ。
 そこまで考えて、ふと気付いた。
 撮影が終わったら、スタッフ達どころではない。ネットを通じて全世界の人達に見られることになる。俺と遊隆の絡み画像が、世界中の人達に……。