うまくいかない -4-

 午後九時半。
 俺はこの間雀夜と二人で昼食をとったあのファミレスの奥の喫煙席で、一人座って雀夜を待っていた。
 こうなったら、俺をこんな体にした張本人の雀夜に聞いてもらうしかない。もう、今夜雀夜とセックスするとか、そんなことはどうでもいい。これは俺の仕事の問題だ。


「………」
 だけど、いくら待っても雀夜は来ない。九時過ぎには来てくれると言っていたのに、十時前になっても一向に雀夜は姿を現さなかった。携帯にかけても繋がらず、メールも返って来ない。灰皿に吸殻だけが増えてゆく。
 この時間まで撮影してるなんて考えられないし、雀夜が何の連絡もなく約束を破るなんてもっと考えられない。
(松岡さんが、撮影でのこと雀夜に言っちゃったのかな……)
 それで雀夜が呆れて俺を見捨ててしまった可能性……ちょっとだけ、あり得る。


 一時間経ち、時刻は十一時近くになった。雀夜はまだ現れない。誰が相手でも、俺が待ち合わせ場所にここまで長い時間いるなんて初めてのことだ。いつもの俺なら、二十分で帰る。その前に、待たされることなんて今まで一度もなかった。
 もう雀夜が来ないのは決定的だ。分かってるのに、帰れない。
 たぶん、これは雀夜の、俺の気持ちに対する答えなんだ。いくら待っても無駄。いくら好きでも、いくらつきまとっても。
 雀夜は微塵も俺のことなんて、好きじゃない……。


「お客様、コーヒーのおかわりはいかがですか」
 無愛想なウェイトレスに遠回しに帰れと言われた気がして、俺は伝票を摘まんで立ち上がった。
「もう平気です……」
 会計に向かった俺は、財布を取り出しながら深い溜息をついた。コーヒーだけでどれだけの時間いたんだろう。待ち合わせをすっぽかされた哀れな男──店員たちはそう思ってるに違いない。
「三八〇円です」
 ちょうど小銭が溜まってる。硬貨を数えていると、俺の後ろからスッと手が伸びて、レジ台の上にクレジットカードが置かれた。
「え……」
「カードでのお支払いで宜しいですか?」
「……ああ」
 涙が溢れそうになる。振り向くまでもなく分かる、低い声。今俺の後ろにいるのは……


「……雀夜」
「悪い、待たせたな」
 来てくれた……雀夜が、俺に会いに。
「待ってない。俺も今、来たとこっ……ていうか雀夜、遅い!」
 安堵の思いが込み上げてきて、ファミレスを出た俺は雀夜の腕にしがみついた。
「仕事、終わるの遅かったのか?」
「いや、七時過ぎには終わった」
「こんな時間まで何してたんだよ」
「ちょっとトラブルがあってな」
「えっ?」
 そこで初めて雀夜の顔を正面から見て、気が付いた。


「ど、どうしたの……。ほっぺた、すげえ赤い……」
 どう見てもそれは殴られた痕だった。狼狽する俺に向かって、雀夜が大したことなさそうな口調で言う。
「遊隆に嫌われちまった」
「……ゆ、遊隆に殴られたのっ?」
 心臓が早鐘を打つ。俺はいきり立ち、叫んだ。