桃陽 -4-

「………」
 俺の両親は俺が生まれて間もなく離婚し、俺を引き取った母親は、俺が四歳の時に再婚した。相手の男は、母よりもずっと若かった。
 初めのうちは「お兄ちゃんみたいなお父さん」と一緒に暮らせて嬉しかった。彼は気さくで面白くて、いつも俺に構ってくれていた。母親の目を盗んでお菓子をたくさん買ってくれたり、毎週末、遊園地や動物園に連れてってくれた。

 だけど、俺が小学校に上がるのと同時に段々と事情が変わってきた。「本物の母親」と「新しい父親」は毎晩のように喧嘩し、酒を飲み、口汚く罵り合い、最後にはたいてい殴り合いになった。
 大好きな母を殴るこの男はきっと悪い奴だったんだと子どもながらに思った俺は、母を庇うたびにとばっちりを受けて一緒に殴られた。優しかったはずの父親はそれ以来俺をどこにも連れて行かなくなり、お菓子も一切買ってくれなくなった。もちろん家にいても遊ばなくなり、目も合わせてくれなくなった。それでも母が抱きしめてくれれば安心できたし、俺が大人になってもっと強くならなきゃ、と大きな決意もできた。

 何もかもが変わってしまったのは、俺が小学校五年生の時だ。
 その頃母はスナックで夜の仕事を始め、帰宅するのはたいてい朝方になってからだった。必然的に、俺と父親の二人で過ごす時間が長くなる。
 初めは、一緒に風呂に入ろうと誘われた。父と息子としての絆を深める為だと言われた。特に疑問も持たずそれに従うと、父親は当然のように風呂場で俺の体に触れてきた。ぎょっとして逃げようとすると強く腕を掴まれ、冷たいタイル張りの床の上に転がされた。


 ──玲司は顔だけは完璧なんだ。邪魔なモンが付いてなきゃ、優しくしてやれるんだけどな……。


 俺にとっての地獄が始まったのは、それからだ。
 毎晩、母がいない時に父親に悪戯され、最後の一線を越えるのにそう時間はかからなかった。
 もちろん母には言えなかった。俺を食わせるために昼も夜も働いている母を悲しませたくなかったからだ。初めて父親に乱暴された翌日、スナックの仕事に向かう母の腰にぎゅっとしがみつき、少しだけ泣いたのを覚えている。行かないで。そう言ったかもしれない。何も知らない母は俺の頭を撫で、出勤時間が迫っているのにも関わらず、しばらくの間俺を抱きしめてくれた。

 小さな吉の後には必ず大凶が待っている。母に抱きしめてもらったその夜、俺は母の化粧道具を乱雑に塗りたくられて女物の服を着せられ、狂ったように泣きながら父親の下で身悶えた。父親は俺が本気で抵抗すると容赦なく腹を殴り、ぐったりした俺を、それでも構わずに嬲り続けた。

 それから二年後、中学に上がった俺はごく自然に「男」と付き合うようになった。その頃にはセックスにも十分慣れていたし、自分の容姿が男を惹きつけることも父親に教えてもらっていたから、男子校で同性の恋人を作るのに何の抵抗も躊躇もなかった。
 学校で一番人気のある、背が高くていかつい先輩(地元では結構有名な暴走族のチームに入っていた)にどうにか近付き、晴れて付き合うことになってから、俺は彼を家に連れて行った。


 夕方から酒を飲んでいた父親が、下品に口元を歪めて「玲司、帰ったのか。風呂入って来い」といつもの台詞を言ったのだが、この日ばかりは俺が反撃に出る番だった。
「俺の男、紹介するよ」。そう言って、屈強な体付きの彼を隣に立たせた。あの時の父親の顔は見ものだった。「俺にこれ以上何かしたら、彼が黙ってないから」。無言で脅迫し、それが功を成したのか、それ以来父親の虐待はピタリと収まった。
 いくら相手の体が大きく、見た目が典型的なヤンキースタイルでも、十五歳のガキを相手にビビってしまう中年なんて。しかも、そんなビビり屋なオヤジにいい様にされていたと思うと、腹が立つ半面、なんだか自分が情けなくて笑えてきたのを覚えている。それから俺も成長し、父親は自分のやっていたことが怖くなってきたんだろう。母と離婚し、どっかへ消えた。

 母だけは、昔と変わらずいつも優しかった。「玲ちゃんは本当に可愛いね。女の子だったら将来は絶対、素敵な人のお嫁さんになって大事にしてもらえたのに」。ことあるごとにそう言っていた。「俺は男でも男から大事にしてもらう術を身に付けたから、大丈夫」。そう言って安心させてあげようとした矢先、またしても母は別の男と再婚した。
 相手の男もバツイチで、女ばかりの子どもが三人もいた。けど、今度こそ母は幸せになれたらしい。俺は高校卒業と共に地元を出てしまったから電話でしか近況を知れないけれど、聞いた話によると家族で旅行をしたり、それなりに楽しくやっているという。


 一人暮らしを始めてしばらくは仕送りしてもらっていたが、売り専の仕事で稼ぐようになってからは俺の方から、大した金額じゃないけれど実家に毎月仕送りするようになった。もちろん仕事内容は嘘を言っている。
 結局のところ、どんなに不利な状況にあっても諦めずに頑張れば、大凶はいずれ吉に変わる。母は俺の人生の先輩で、自分の生き様を通して俺にそんなことを教えてくれた気がする。