意外な気持ち -6-

「偉音さん、飯島様がそろそろ来て欲しいと」
 スタッフらしき人に耳打ちされ、偉音が頷いた。
 いよいよオーナーに意志を伝える時がきたのか。決して離れないようにと念押しされ、俺は偉音の隣を歩きながらシャツ越しに心臓へ手を当てた。

 スタッフに案内されるままメインの会場を出て廊下を歩き、角を折れ、ひと気の少ない狭い廊下をまた歩く。

「こちらです」
 連れて来られたのは、さっきの会場の四分の一くらいのまあまあ広いといえる部屋だった。重厚なソファが向かい合うように設置され、その間に曇り一つないガラスのローテーブルが置かれている。壁には見たことのない絵画がかけられていた。
 部屋の端にはちょっとしたバーカウンターがあって、俺と同い年くらいの男が二人、せっせと何か作業をしている。
 豪華だけれど至って普通の部屋だ。仕事の話をするのに何の支障もない。

「おお、偉音。まあ座ってくれ、君も」
 飯島氏が俺達をソファに座らせ、自分もまた対面のソファにどっしりと腰を下ろす。
「まずは礼を言わせてくれ。この前のステージでは、見事にラストを飾ってくれた」
 礼を言うならこの場にネオンがいないのは不自然だ。そう言おうと思ったけれど、偉音に喋るなと言われていたから仕方なく頭を下げるだけにとどめておく。
「偉音。ネオンもだが──やはりお前達は私が育ててきた若者達の中でも群を抜いて才能がある。どうだ、お前達自身の箱を持つ話だが、ネオンと話は進んでいるか?」
「えっ?」
 言いつけを破り、つい声をあげてしまった。
 偉音達自身の箱。それは、偉音とネオンのために店を持たせてくれるということなのか。この人が。
「そうだよ、宇咲君は聞いてなかったかな。私は偉音達がまだ新人の頃から支援してきたんだ。業界での知名度も上がってきた今、そろそろ雇われではなく専用のクラブを用意しても良いと思っている。成功すれば第二、第三と規模を広げて行けるし、ゆくゆくは海外での経営活動も考えている」

「………」
 偉音が煙草を咥え、火を点けた。
「ネオンは将来的に海外を本拠地にしたいと言ってるのだろう。今は個人契約だが、ここらでお前達も正式にコンビを組んで、会社を作って、新人を育てながら試しにクラブ経営をしてみたらどうだ。引き続き私が全面的にバックアップするし、金の心配はいらない。リスクは少ないと思うのだが」

 ……俺だったら泣いて喜んで即決する話だ。だけど偉音はまだ黙ったままで、室内には重い空気が流れていた。

「何を迷うことがある。万が一コケたとしても、お前達に責任を取らせるような真似はしないと言ってるだろう。お前もネオンも好きなことをやればいい。今よりずっと自由にできるぞ」

「自由への見返りは」
 ここでようやく偉音が口を開いた。
「これまで通り、若い男を貴方達に差し出すことですか」
 飯島の表情が一瞬、曇る──が、すぐに人の良い笑顔を浮かべ、禿げた頭を撫でながら言った。
「参ったな偉音、そんな言い方はないだろう。私達も次の光る鉱石を発掘するために必死なんだ。お前達が見つけた若い才能を鑑定しているだけさ」
「それなら宇咲は素人だし、俺達が勝手に頼んだだけで今後ステージに上がる予定はない。鉱石じゃないなら鑑定する必要もありませんね」
 そう言って偉音が吐き出した紫煙の向こうで、飯島の眉間に皺が寄った。