おさそい -4-

『俺から連絡する』。そう言われて別れた昨日──正確に言えば今日の朝──からこの時間まで、俺は暇さえあればずっとスマホを見つめていた。仕事中もぼんやりしてしまって、何度も入力ミスをした。田中さんに「何かあったの?」と心配されてしまったほどだ。

 偉音と出会ってから一晩一緒に過ごした、まるで魔法にかかったような時間。それは太陽と共に解けてしまい、いつもと何ら変わりはない日々が始まった。ただ俺がぼんやりしているというだけで、管理会社から電話はくるしそれなりに来店もある。

 今日は社長の知り合いの風俗嬢が一人暮らしをするための部屋を案内した。都内ワンルーム、ペット可のロフト付き。部屋は狭いが都内でペットも飼えて約六万なら安い方だ。すぐに内見するというので車を出し、彼女を乗せて目的のアパートへ向かった俺は、車内でも偉音のことを考えていた。

 あの涼しげな目元、長い指、綺麗な肌。短くて柔らかい黒髪、濡れた唇──。

「………」
 ステージに立つって、昨夜俺が見た鳥籠の中で絡んでいた二人のようなことを、俺と偉音がするのだろうか。その姿を大勢の人に見られるということだろうか。

 パフォーマンスだと偉音は言っていた。だけど俺みたいな平凡でヒョロチビの男が、大勢の需要に果たして応えられるのだろうか? 客は偉音とその相方みたいな美しい容姿と肉体を求めているはずだ。俺なんかがステージに立っても、笑われるだけなのでは……

「結構近くにコンビニ多いね」
 考えていたら後部席から声がして、俺は慌てて思考を断ち切った。

「そうですね。駅も近いし便利ですよ。牛丼屋もラーメン屋もあるし」
「それはあんまり要らないけど」
「確かに、女の子はそういう場所行かないか」

 俺よりずっと年下の風俗嬢──高野さんは、見た目には普通の、どこにでもいる女の子だった。別段化粧や髪型が派手な訳でもなく、着ている服やバッグもブランド物ではない。
 今どきは、こういう普通の子が風俗やる時代なんだな。

「お兄さんさあ、幾つ?」
「二十二ですけど」
「若いんだね。彼女は?」
「いませんよ、出来たこともないです」
「ふうん。童貞なら私が何とかしてあげるから、今度店に来てよ」
 普通だと思っていたのに……めちゃくちゃ積極的な子じゃないか。

「ねえ、いつ暇? 不動産屋だから、水曜は?」
「いえ、俺は大丈夫……間に合ってます」
「彼女いないのに? 遊んでんだ」

 きゃは、と笑いながら高野さんがルームミラー越しに俺と目を合わせてきた。

「……そういう訳じゃなくて」
「店来れないならセフレでもいいよ。お兄さん見た目可愛いからちょっと気になる」
「俺、ゲイなんです」
「嘘だあ」
「本当ですよ。男らしくてがっちりした奴が好きなんです」
「もう分かったよ、私がタイプじゃないならそう言ってくれればいいのに」
「そういう訳じゃないですって、高野さんは綺麗ですよ」
「分かったからもういいってば。お客さんになりそうにない人の相手はしないの、お兄さんも同じでしょ?」

 どうせこの件が終わればもう会うこともない子だ。俺は苦笑して更にアクセルを踏み込んだ。