偉音という男 -4-

「えっ、あ、あれ? 停電?」
 座ったままキョロキョロと辺りを見回すも、周りの客は誰も動揺していない。突然のことで驚いてしまったが、完全に真っ暗となった訳ではなかった。消えたというよりは全体のルクスが落とされた感じだ。

 隣の偉音が煙草を消している姿が、ぼんやりと見える。

「どうしたんでしょうか、一体──」
 問いかけたその時、強い力で急に肩を引き寄せられた。「えっ……?」見上げた俺の視界に、仄かなオレンジ色の照明を受けた偉音の顔が映っている。その美しさに思わず唾を飲み下し、俺は唇を噛みしめた。

「………」
「お前、齢は」
「二十二……」
「俺と殆ど同じだな。……まあ、いいか」
「な、何が」

 さっきまで煙草を咥えていた綺麗な唇。それが今、俺の口を強く塞いでいる。何が起きたのか理解できず、俺は目を見開いたまま硬直した。

「っ……、は」
 そんな俺の反応を見た偉音が、暗がりの中で薄く嗤う。
「何だその顔、初めてか」
「……な、にを……」
「周り、見てみな」

 言われてゆっくり、視線をフロアへ滑らせる。信じられないことに他の席でも、男同士がキスをし、抱き合い、見つめ合っていた。

「な、何ですかこれ」
「ショータイムみてえなモンだ。店側が気を利かせてやってる」

 つまり、照明が落とされたこの時間だけ「そういうこと」をしても良いということか。映画か何かで見たことがある。その日出会ったばかりの者同士で、ひと時のエロチックな遊びを楽しむという非現実的な展開。まさか、俺自身がそんな場面に放り出されるなんて。

「俺の隣に座ったということは、お前の相手は俺だ」
 更に肩を抱き寄せられ、もう片方の手で震える唇に触れられる。
「え? ち、違いますっ、先に座ってたのは俺の方で……!」
 そうして偉音の唇が再び距離を縮めてきた。
「俺が来ても席を立たなかった」
「だってそんなの、知らなかったからっ……」

 もしかして、これを知ってて蓮司は俺を放置したのか。あいつのほくそ笑む顔が脳裏に浮かんで腹が立ち、俺は目の前の偉音にきっぱりと言い放った。

「悪いけど俺、そんなつもりないです。知らなかっただけですから……もう戻ります」
 肩の手を振り解こうと身を捩るが、そんな俺を嘲笑うかのように偉音の大きな手に更に力が込められる。

「は、離して……」
「俺のファンになった、って言っただろ」
「いっ、たけどそれはっ……」
「有難く思えよ。俺はネオンと違って、滅多にファンには手を出さねえんだ」