偉音という男 -3-

 それから、何があったのだろう。目が覚めた時、隣に座って飲んでいたはずの蓮司がいなくなっていた。

「……蓮司?」
 二階のフロアは音楽も雰囲気も落ち着いていて、周囲の話し声も耳を澄ませばある程度は聞き取れるようになっている。

辺りを見回しても蓮司の姿はなく、携帯も繋がらない。どうしたものかと溜息をつき、俺は隣に座っていた男に声をかけた。

「すみません。さっきまでここにいた男、どこに行ったか分かりますか」
 男が胡散臭そうに俺を見て、「さあ」と首を振る。

よく見ればその男は、ついさっきまで檻の中にいたダンサーの片割れ──しかも黒髪の方だった。
「あっ、……!」
「……何?」
「い、いえ。すみません……」

 一気に心拍数が上がる。顔が熱くなって、乾いた声しか出なくなる。男は檻の中にいた時と違って普通の服を着ていたが、それでもあの時感じた美しさは少しも半減されていなかった。

「………」
 男は一人で黙々と酒を飲んでいる。気まずくて立ち去ろうかと思ったが、緊張のためか体が硬直してソファから立ち上がることが出来なかった。変な奴だと思われただろうか。それとも、俺のことなど眼中にないだろうか。

「あの、……」
「はい?」
「………」
 意を決して声をかけたが、続く言葉が出てこない。男はいよいよ面倒臭そうに眉を顰め、膝頭を小刻みに指で叩いている。このままでは駄目だ。何か、何でもいいから話さないと。

「あの、……さっきのパフォーマンス、見てました。凄かったです、ほんと格好良かった」
「ありがとう」
「もう一人の方は……?」
「さあ、誰か男と一緒にいるんじゃないかな」
 興味無さそうに呟いて、男がグラスの酒を呷る。

「あの」
「何だよ」
 何か会話を繋ぎたいけど何も思い付かなくて、俺は咄嗟に右手を差し出した。
「握手してもらえませんか」
「は?」
「俺、あなたのファンになっちゃったかもしれなくて」
「………」

 仕方なくといった様子で、男が俺の手を握った。がっしりとした大きな手──意外と温かくて、汗をかいたのかしっとりしている。

「あ、ありがとうございました……」
 離れてからも俺の手は熱を持っていた。心臓が高鳴り、酒のせいか頭もくらくらしてしまう。

「イオンだ」
「え?」
偉音イオン。俺の名前。聞かれる前に名乗っとく」
「偉音、さん……」

 見た目のワイルドさに反して、透き通って綺麗な名前だと思った。煙草を咥えた唇が妙に色っぽく、こうして間近で見ると驚くほど睫毛が長い。これで俺と同じ日本男児なのか、何だか自分が恥ずかしくなってくる。

「えっと、俺は桐山宇咲です。どうぞよろしくお願いします」
 つい会社のノリで頭を下げてしまった。偉音はそんな俺を横目で見つつ、だるそうに紫煙を吐いている。
「す、すいません。馴れ馴れしくて……」
「別に」

 ──瞬間、フロアの照明が消えた。