第14話 三千世界の彼方まで -4-

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「男女郎だ!」「男女郎、尻を出せ!」
 向こうから歩いて来た前帯の青年の周りに、いたずら坊主達が群がって囃し立てている。青年は無視してやり過ごそうとしているらしかったが、はた目から見てもその顔は強張り赤くなっていた。
「男の女郎、男女郎! 女みたいに泣いてみろ!」

 いつだってこういうからかいや差別はなくならないモンなんだなぁと思った、その時。

「馬鹿野郎っ! 何してんだお前ら、人の悪口言うなって、先生から教わっただろうがぁっ!」
 六歳にしては体の小さな、それでいて気持ちだけは誰よりも大きな少年が突進してきて、前帯の青年の周りから坊主達を見事に弾き飛ばした。
「げえっ、一ノ瀬んとこの飛天ひてんだ! やべえぞ、逃げろ逃げろ!」
「逃げるな、卑怯者ーっ!」
 何人かの坊主達は逃げて行ったが、残った二人は元々少年と仲の良い友達だったのだろう、今しがた少年に突き飛ばされたにもかかわらず屈託なく笑っている。
「ぎゃはは。飛天、昼飯食ったらお前も丘の空き地に来いよ! 野球やるからまたお前に投手を頼みてえんだ」
「今日は行かん!」
「えー、どうしてよ?」
「今日は、爺ちゃんとこ行って俺の作った菓子食わしてやるんだ。だから行かん!」

 *

「お花はそこにね。あらやだ、その前にお水汲んでこないと!」
「母ちゃん、うっかり者」
「こりゃ、飛天。母ちゃんのことはいいから、ちゃんと根詰めて磨かんか」
「父ちゃん。爺ちゃん達、気持ちいいって言ってるかな?」
「そりゃそうだ、二人とも喜んでるさ」

 立派な石をせっせと手拭いで拭いてくれる、俺の──俺達の可愛い孫息子、飛天。
 昔は鼻を垂らして俺達を「父ちゃん」と呼んでいた星天せいてんも、今はこうして綺麗で優しいお嫁さんをもらい、自分が父ちゃんになっている。

 血の繋がりはなくても、命は新たな時代へと巡って行く。

「彰星爺ちゃん。俺が作ったシュークリーム、食べてくれなぁ!」
「彰星の爺ちゃんなら何でも喜んでくれるだろうよ」
「天凱の爺ちゃんには『まだまだ未熟だ』って言われそう」
「がはは、それは飛天の将来性を見越して言ってくれるんだ、父ちゃんだってなかなか一人前として認めてもらえなかったからなぁ!」
「お、お水汲んできましたから、お花の用意して下さいな!」
「母ちゃん、早く早く!」
「馬鹿、急かすな。転ぶなよサキ、俺が持ってやるから貸せ」

 はしゃぐ飛天に、豪快な父と優しい母。彼ら親子を見ていると、遠い遠い昔、お父さんとお母さんと手を繋いで夏の夜の畦道を歩いていたことを思い出す。

「……天凱の父ちゃん。彰星の父さん。任された一ノ瀬堂は廓を中心に、順調に全国へ広がりつつあります。父ちゃん達の夢もきっと近い内に叶います。俺達を見守ってくれてありがとうなぁ」
「母ちゃん、彰星の爺ちゃんて男女郎だったんだろ」
「ええ。天凱のお爺様が一目惚れして、熱心に通って熱烈な求婚をされて、大恋愛の末に一緒になったのよ。素敵よねえ」
「おい、サキ。平凡な求婚で悪かったな」
「そんなこと言ってないですよ。全くお父さんは、いつまで経っても嫉妬深くて」
「う、うるせえ。それよりほれ、ひい爺ちゃんとひい婆ちゃんの方にも行かねえと」
 そうなんだ。お父さんとお母さんは弥代から離れた故郷にいるから、行くには少し時間がかかる。

 弥代で骨を埋めたいと言ったのは俺の旦那様。旦那様について行くのは俺の役目。

 俺達はあの頃から今でもずっと、ずっと一緒だった。