第14話 三千世界の彼方まで -2-

 しんと静まり返った、港に近い小さな丘の上。
「昼間は子供らの遊び場だが、夜になると静かで薄気味悪いなぁ……」
「こ、怖いこと言わないで下さいね天凱さんっ。俺、そういうの苦手なんですから」
「何が出たって俺が守る。それなら怖くねえだろ?」

 休憩用の腰掛け台に並んで座り、厚紙の茶碗に入れてもらった豚汁を啜る。体の芯が温まって行く感覚にホッとして、俺は堪らない心地好さに溜息をついた。
「ここからなら、星が見えますね……」
「綺麗だろ。海の方にも星が浮いてるみてえだ」

 あの星の一つが俺。すぐ近くには雷童さんと、風雅さん。一郎太さんに小椿さんと、銀月さん、牡丹さん。──それからあじさい祭りで出会った男遊さん、そして顔も知らない男遊さんとお女郎さん。弥代以外の遊廓に生きている人達。

「あの一番輝いている星があるだろう。あれがシリウスだ。おおいぬ座といって、シリウスを含めた星を繋げると犬の形になる」
「……ぜ、全然見えません。どこをどう繋げるのか……」
「わはは、俺も実は全然見えてねえ。でもあのシリウスだけは分かりやすいだろ。すげえ光ってる」
「本当です。どうしてあの星だけあんなに光ってるんですか?」
「他の星よりも俺達に近い場所で光ってるからだ。だけど俺達が見ているあの光は、実は七年前の光なんだぞ。彰星が十一歳の頃に輝いていた光が、今、十八歳の彰星の目に映っている」
「天凱さん……」
 俺は堪らず首を傾げ、その横顔に呟いた。
「何言ってるんですか?」
「………」
 ガクッと肩を落とした天凱さんが、頭をかきながら「俺も専門じゃねえから」と苦笑する。

「まあでも、お前にはこの星空を見せたかった。弥代でもまだまだ星が見える場所があるってことを、証明したかったのさ」
「凄く綺麗です。……何だか、心が洗われるようです」
 数えても数え切れない星々。俺が寝ている時も、お客さんを取っている時も、こんなに沢山の星がずっとこうして輝いていたなんて信じられない。
「海の向こうに違う国があるように、きっとあの星の向こうにも世界がある」
「あ……」

 見上げれば彼方まで世界は広がっている。
 およそ見ることも行くことも叶わない遠くの遠くまで、全ての空に星は輝いている。

「天凱さん……」
 降り注ぐ夜空の星達に、隣には最愛の旦那様。
 その優しい横顔の向こうで光るシリウスは、まるで俺と同じく天凱さんを見つめているみたいだ。

 愛しくて、愛しくて──。

 俺は持っていた大事なノートを膝に広げ、懐から取り出した万年筆を新しいページに走らせた。
「どうした?」
「今の俺の気持ち、忘れないように書いておこうと思って……」
 下手くそな文字だし、下手くそな文だ。だけど嘘偽りない、俺の心の中にある素直な気持ち。
「俺にも見せてくれよ」
「だ、駄目ですっ。日記は旦那様にも見せちゃいけないって、兄さん達が言ってましたもん!」

 書き終わったノートを閉じて、見られないように腰掛け台の上に置く。それから天凱さんに肩を抱き寄せられ、俺はその逞しい胸に顔を埋めた。
「愛してるぞ、彰星」
「……俺もです、天凱さん」
 上を向いた俺の唇を天凱さんが塞ぎ、俺達は息を白くさせながら何度も何度も互いに舌を絡め合った。