第13話 海の向こう側 -6-

 定吉さんの寂しそうに伏せられた目に、俺は自分の心臓が嫌な音を立てるのを聞いた。

「……もし今度またインドネシアで彼を見ることができたら、もし違っていたとしても……一郎太には、その子が三郎太であると嘘をつこうと思う」
「あ、……」
「君も知っている通り、子供が売られる先は大半が生き地獄と言っても過言ではない、酷い環境だ。万が一どこかの悪徳娼楼で三郎太を見てしまったら……僕にはとても、一郎太に真実を告げる勇気を持てそうにない」
「………」

 それは一郎太さんのためを想った、優しい──そして残酷な嘘だ。
 俺には定吉さんを責められなかった。俺が彼の立場だとしても、同じ考えを持っていただろう。
 嘘でも弟は幸せな環境を生きていると、言っていただろう。

「……分かりました。一郎太さんには言いません」
「すまないね、こんな役目を任せてしまって」
「いいえ。定吉さんのお気持ち、重々理解していますから……」
 泣きそうになるのを何とか堪えて、俺は定吉さんに頭を下げた。

「彰星さん、お時間ですがっ……?」
 襖を開けた淡雪が、畳の上に伏せた俺を見てぎょっとしている。慌てて身を起こした俺はトフィーのお礼をもう一度言って、最後に定吉さんに俺の我儘を聞いてもらうことにした。
「もしも次に呼ぶ男遊がお決まりでないようでしたら、風雅さんか小椿さんをお願いします。俺よりずっと疲れているはずです」
「ああ、分かった。その二人を交代で呼ぶことにするよ」
「ふふ。小椿さんは一郎太さんと同期の男遊ですから、きっと面白い話が聞けると思いますよ」

 部屋を出た俺は淡雪の後ろを歩きながら、定吉さんの「嘘」についてずっと考えていた。
 ……間違っているけど、多分、正しい。
 だって、ここでの生活は些細な幸せこそが生きる糧になる。体はくたびれていても、心が折れなければ生きて行ける。

 ──しっかり、気を強く持ちなさい。
 天凱さんのお母さんが言っていたのは、多分こういうことだ。

「彰星さん。……若様、来られるといいですね」
「大丈夫だよ淡雪。天凱さんが来られなくても、……俺もしっかり、気を強く持たないと!」