第12話 「ふたり」 -6-

 とん、とん、とん、と階段を上がってくる音がする。
「や、……天凱さん、駄目です。俺、隠れます……!」
「いいから、大丈夫だ」
「だって!」

 天凱さんのお母さん。初めて会うのに、こんな恰好だなんて!

「天凱。……あら、お客さん?」
「あ、……」
 部屋に顔を出した天凱さんのお母さん。矢絣のキモノに一ノ瀬堂の愛らしい前掛けをつけた、とても若くて綺麗な人。
 店の外から少しだけ見たことがあるから分かる。血の繋がらない息子である天凱さんをいつも褒め、叱り、笑い合っていた──優しい人だ。

「寿輪楼の彰星だ。俺が贔屓にしている男遊」
「あら」
「あ、あ、彰星ですっ……。初めまして。……ごめんなさい……」
 お母さんが目をまん丸にして、口元に両手をあてる。キモノで体を隠すという俺の姿を見て、「息子がこの男遊と何をしていたか」察知したのだろう。
「天凱。あなた、ちっともお父さんの屋台に来ないと思ったら、勝手に帰って、男遊さんを連れ込んで……何してるの」
「悪い。たまには夫婦水入らずでと思ってな」
「生意気言って……」

 茫然とする俺の前で、天凱さんとお母さんは「普通に」喋っている。お母さんはわざと俺を無視している風ではなく、どちらかと言えば……全く気にしていないみたいだ。

「でも実際、俺がいなくても繁盛してたんだろ」
「そういうことを言ってるんじゃないの。……あなた、今日が何の日か分かってる?」
「弥代あじさい祭り、だろ」
「そうよ」
 お母さんが腰に片手をあて、もう片方の手を俺に向けながら言った。
「せっかくのお休みなのに、男遊さんを働かせるんじゃないわよって言ってるの」
「そっちかい」
「当たり前でしょ。……ごめんなさいね、彰星ちゃん。貴重なお休みをこの人のために……」
「お、俺は大丈夫です。……俺は、……」
 何が起きたのか分からなくて、馬鹿みたいに口をぱくぱくさせることしかできない。

 お母さん、俺に怒ってない。むしろ、……気を遣ってくれている……?

「お袋。彰星とは将来的に身請けの約束もしている。親父にはまだ言ってねえけど、近い内にちゃんと報告するつもりだ」
「て、……」
「……天凱。あなた本気で言ってるんでしょうね」
「ああ、俺の性格知ってるだろ。一度決めたら絶対に守る」
 お母さんが鋭い目で天凱さんを睨み、念を押すように低い声で言った。

「その言葉に責任を持ちなさいよ。もしも途中で気が変わったりしたら、息子といえど私はあなたを許さないわよ」
「だ、だから絶対守るって言ってるだろ。そんな熱くなるなよ……」
「まあ、もし約束を破ったらあなたを一ノ瀬堂から追い出して、この子を跡取りにするだけだわ」
 怒っていたと思ったら、急にお母さんが笑い出した。

 茫然とする俺の耳に、溜息をついた天凱さんが説明をする。
「お袋も元は弥代のお女郎だったんだ。親父に身請けされて嫁いできたから、彰星のこと他人事だと思えないんだろうよ」
「そ、そうなんですか……? お母さんが……そうなんですか……?」
 訳の分からない涙が溢れてきて、俺は潤んだ視界の中で笑うお母さんに向け誠心誠意頭を下げた。