第10話 しあわせ -2-

 赤く灯る提灯と、廓に響く三味線の音。畳の上に敷かれた赤い布団。

 俺は布団に上がる前に畳に膝をつき、天凱さんに向かって深々と頭を下げていた。
「彰星」
 ついさっきお義父さん自身から、寿輪楼が「警察に払ったお金」の内の何割かを天凱さんが負担したと聞かされて、とてもとても顔を上げることが出来なかった。

「勇蔵がお前の所へ行ったのは俺のせいだ。あいつの性格を知っていて、こうなることを予測せずにお前を紹介した俺に責任がある」
「いいえ。いいえ、天凱さん……やめて下さい、お願いします……。俺なんかのためにこれ以上天凱さんにご迷惑をかけては……」
「俺が三代目になったらお前を身請けすると、矢多丸さんにも話を通すつもりだ。将来の旦那としてお前のために出来ることは何でもする。おかしな話じゃないだろ?」
 嬉しいはずなのに心苦しくて、この感情をどうしたら良いのか分からない。俺はただ畳の上にうずくまってかぶりを振り、涙と鼻水で濡れた顔を天凱さんに見られないよう隠し続けた。

「それとも、彰星は俺が旦那じゃ嫌か?」
「と、とんでもないですっ……!」
 俺の頭を上げさせる最終手段として発された天凱さんの言葉にまんまと引っ掛かり、慌てて汚いままの顔を上げてしまう。
「……ぶっ」
 その顔を見た天凱さんが噴き出して笑い、元々熱くなっていた頬が更に熱を帯びる。嬉しさと心苦しさに「恥ずかしさ」が加わり、……もう今すぐ消えてしまいたい。

「ほれ、そんな所で泣いてねえで、そろそろ温めてくれよ」
 おずおずと布団の上に乗った俺の腕を掴み、天凱さんが強く引く。「わっ……!」その広い懐に飛び込む形になり、俺は見開いた目で天凱さんの顔を見上げた。男らしい精悍な顔立ち。その大きな瞳には、動揺する俺の顔が映っている。

「可愛い俺の彰星、こんな時代じゃなければ今すぐにでもお前を娶ってやれるのにな。色々と我慢させちまって済まない」
「……いいえ。今でも俺は幸せです。天凱さんと出会わなかったら俺は……」
「彰星」
 言いかけた俺の言葉を、天凱さんが強い眼差しで遮った。
「この状況を幸せだなんて言ったら駄目だ。体を売ることを当たり前だと思ったら駄目だぞ。貧困の差は国や俺達一人一人がどうにかしなけりゃならねえ問題だ。まだ子供と言っても良い年齢のお前達が背負うべきことじゃない」
「………」

 どうにもならない事情を前に売られるのは、犠牲になるのはいつだって子供や若者達だ。訳が分からないまま時代に巻き込まれ振り回され、これが正しいのだと刷り込まれて現状を強いられる。

「……難しいことは、考えても分からないですけど……俺は天凱さんと出会えて幸せです。単純なことです」
 ひと呼吸おいて、俺は心の底からせり上がってくる気持ちを言葉にした。
「俺は、天凱さんが大好きです」
「……彰星」
「だから、この先何があっても俺はずっと幸せです……」