第9話 天凱の気持ち -6-

「………」
 二階の布団部屋に入れられたまま朝を迎えた俺は、車座になって膝を抱え、縛られた足首をじっと見つめていた。部屋には錠がかけられて逃げ出すことはできない。別に、初めから逃げる気もないけれど。

 巳影勇蔵を怒らせてしまった俺は、折檻こそ受けなかったものの飯抜きで布団部屋に閉じ込められることとなった。期限はお義父さんが許すまで、だ。
「……ごめんなさい」
 呟きは誰に向けられたものなのか、自分でも分からない。

 俺は風雅さんの幼馴染の時にもやらかして注意されたにもかかわらず、また同じことを──今度は警察と繋がりのあるお客さんを怒らせるという、あの時よりもずっとずっと大変なことをしてしまったのだ。
 もしかしたら俺のせいで寿輪楼が潰されてしまうかもしれない。そうなったら兄さん達は。お付きの子達は……。

 寿輪楼にとって唯一の救いがあるとしたら、勇蔵がスキンを使わず無理矢理俺を犯そうとしたという点だった。警察が作った「娼楼の決まり」を無視したとなれば、いくら署長息子の勇蔵でも全く非が無いとは言えなくなる。

「………」
 ──天凱さん。

 心の中でその名を呼べば、みるみる涙で視界が潤んだ。
 天凱さんが売られてきたこと、一ノ瀬の本当の息子ではないこと。それは俺にはどうでも良いことだ。俺にとってはいま存在している天凱さんが全てであって、過去に何があろうと気にはならない。

 だから悲しいんじゃない。
 ただ切なくて、会いたい気持ちが膨らみ過ぎて、……

「お義父さん、そろそろ彰星を出してやってもいいんじゃないですか」
 布団部屋の扉越しに雷童さんの声が聞こえてきて、俺は膝に押し付けていた額を咄嗟に上げた。
「淡雪が可哀想で見てられません。彰星もきっと一晩反省して……」
「駄目だ。一度けじめを付けさせないとあいつの為にもならない」
 厳しい口調で言うお義父さんに、雷童さんが黙り込む。
「初見世から若旦那という太客を掴んだ彰星には、俺も期待している部分があった。風雅の同輩の件で罰を与えなかったのは、俺自身が彰星を甘やかしたからだ。他の男遊の手前、ここでまた簡単に彰星を許す訳にはいかねェ」
「………」
 楼主であるお義父さんの言うことは絶対だ。いくら売れっ子の雷童さんでも、お義父さんに逆らうことはできない。

「じゃあせめて、一ノ瀬の若さんに今回のことを……。昨日のお客さん、若さんのご友人なんですよね?」
「若旦那に知らせたら、彰星を布団部屋から出せと言うはずだ。そうなったら俺は若旦那にも、お前に言ったのと同じことを言わなければならなくなる。出来ればこれ以上のいざこざは起こしたくねェんだ」
 雷童さんが溜息をつき、「分かりました」と呟いた。

 お義父さんの言うことは正しい。俺は罰になると知った上で勇蔵を挑発したのだ。罰を受けてもいいと覚悟したのは俺なのだから、折檻を受けなかっただけまだツイているとさえ思える。

 布団部屋はどこの娼楼でも牢屋の代わりだ。決まりを破った者、逃げ出した者、盗みをした者などが監禁され、痣が出来るまで殴られる──のではなく、針や煙草の火などで、体の目立たない所をじっくりと長く痛めつけられる。俺達は商品なのだ。商売道具である体の目立つ場所に、明らかな痣や傷を付けることはしない。

 今回は閉じ込められて飯抜きというだけで済んだけれど、男遊やお女郎にとって「布団部屋」は恐怖の代名詞でもあった。